『古代ローマ人の危機管理』でローマ人のリスクに対する考え方を知ろう【本の紹介】

本の紹介 古代ローマ人の危機管理

古代ローマ人は普段どのように、身の回りの危険を意識し、対処しようとしていたのか――。

この疑問を、比較的良好な状態で現在まで残る都市遺跡を調査し、解明を試みた本が『古代ローマ人の危機管理』である。

文献には残りにくい、古代ローマの一般的な人たちの考えや意識を、どのように解き明かしていこうとしたのかを含め、この本の内容を紹介したいと思う。

『古代ローマ人の危機管理』の内容紹介

リスクマネジメントとクライシスマネジメント

本書ではまず、『危機管理』を次の2つに分けて考える。

  • 危機が起こる前に対応する『リスクマネジメント
  • 危機が起こってから対処する『クライシスマネジメント

後者の『クライシスマネジメント』は、文献にも残りやすいという。大きな危機、例えば戦争や大火災については、特に事後の対応でスポットが当たるため、注目が高まり記録されやすい。

しかし本書は、文献に残る『クライシスマネジメント』ではなく、当時のローマ人たちが起こり得ると考えていた危機を未然に防ぐ『リスクマネジメント』を主に取り上げるところに特徴がある。

文献に残らないため、彼らがどのような意識を持っていたのかを、考古学的証拠を検証して推察していくのである。

レベルが分かれる4つの危機

ではそもそも危機とは一体どういうものなのか。

本書は危機を「見える脅威」と「見えない脅威」に分類する。

「見える脅威」とは、古代ローマ人たちが自分たちに実際に起こり得る危機を想像できる脅威、と言い換えることができる。例えば食糧不足だったり、交通事故(!)での死だったりといったことだ。

一方の「見えない脅威」とは、古代ローマ人たちに脅威がイメージしにくいもの。紀元1世紀からの100年間は、国境付近でしか戦闘が起こらないため、戦争は当時の彼らにとって「見えない脅威」ということができる。またヴェスヴィオ火山の火砕流で埋まってしまったヘルクラネウムやポンペイの天災も、普段起こらないため「見えない脅威」と分類することができるだろう。

本書はこの「見える脅威」と「見えない脅威」を危険度レベルで分類し、次の4つの危機に対して検証している。

盗難

「見える脅威」。脅威レベルが低く、予測可能性も低い。リクスとしては4つの中で一番小さい。

火災

「見える脅威」。脅威レベルはやや高め。予測がしづらく。リクスは割と大きい。

洪水

「見える脅威」。脅威レベルは高いものの、予測は可能。

※ただしあくまでローマ近郊の港町、オスティアでの検証なので、ティベリス川を脅威の対象としていることを注意いただきたい

疫病

当時のローマ人にとっては「見えない脅威」。脅威レベルが高く、予測も不可能。4つ危機の中で最もリスクが大きい。

検証に使う遺跡

上記のリスクマネジメントを見るにあたり、本書では現代まで残っている遺跡で、比較的保存状態のよい次の3つの遺跡を調査している。

ポンペイ

ポンペイの写真

ヘルクラネウム

ヘルクラネウムの写真

オスティア

オスティア・アンティカの写真

著者が上記の遺跡を選んだ理由は、次の3つ。

  • 3つの遺跡が他の遺跡に比べても良好な状態で残っていること
  • 実際に実測、調査経験があること
  • 特にオスティアは首都ローマの影響を色濃く受けていること

また文献史料ではなく(文献の引用箇所も本書では出てくるが)遺跡を検証に使う理由を、著者は次のように説明している。

文献が書き手によるバイアスはかかっているけれども普遍的な事実を伝えようとしているのに対し、モノはとても正直である。

古代ローマ人の危機管理 はじめに  

さらにより正確にわかりやすく伝えるため、図版や地図を多用し、遺構に(古代にはない)番地をつけて、調査した場所を特定できるような工夫もされている。

印象に残ったところ

洪水に対する、現代日本との考え方の違い

出入り口の入念な調査で、都市ごとの危機意識が違うことを解き明かし、また都市の内部でも人(家)ごとにリスク管理に対する考え方の違いが顕になった『第一のリスク 盗難』も面白かったが、私は『第三のリスク 洪水』がとても印象に残った。

著者も「特殊例かもしれない」と断りをいれているように、ティベリス川は突然の推移上昇で、壊滅的な被害を与える川ではない。その川からあふれる水に対し、下流域のオスティアでは、何段階かの洪水レベルに分けて対処を考えたという。

その対処がわかるのが、街の中にある奇妙な高低差。つまりこの高低差により、水の溢れ具合で水没する地域が決まってくるので、どの程度の洪水が起こるかで、街の人はどこに逃げるかの想定がされていたのではないか、と結論づけている。

この考えは、我々現代の日本人にはない感覚で、とても新鮮だった。

私たちはどうしても水際で食い止める必要性に駆られる。川があふれてしまわないように堤防を作り、居住区に浸水しないよう防護策を図る。しかし一旦堤防が決壊してしまえば、甚大な被害が出てしまう。もちろん日本の川はティベリス川と違い、急な流れで水量のキャパシティも大きくないため、上記のような対策になることは仕方がないだろう。

それでも古代ローマ人の洪水に対する割り切った考え方は、危機管理意識の差をとてもよく表していると感じるのだ。

その他

以前から興味のあった窓ガラスについても、トピックという形で情報が載っていたのは収穫だった。以前古代ローマのガラス、ローマングラス ―製法、用途、流通など―でガラスをテーマに書いたが、この記事で参考にした本『ガラスのなかの古代ローマ  』の著者、藤井慈子氏が寄稿されているのを見つけて、思わず小躍りしたくらいである。

あなたが古代ローマのガラス、ローマングラスについて興味があるなら、私の記事もぜひご一読いただければありがたい。

『古代ローマ人の危機管理』を読み終えて

私は本書を読むまで、古代人たちはある程度の危機管理をするが、あとは神頼み的な思考を持っていると考えていた。しかし本書を読むことで、それは間違いだと気付かされる。

彼らも現代人と同じく危機意識は持っていたのだ。しかしこれも現代人とおなじように、

自分には災いはやってこない

と考える人が多かったのである。

『第一のリスク 盗難』で度々言及しているように、快適さと安全性はトレードオフの関係にある。窓ガラスで採光を重視すれば、その部分から外敵に侵入される恐れも増えるのである。

彼らの考えを学ぶことで、もう一度自分のリスク管理を見直してもいいのではないだろうか。

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