パンテオン ―1,900年前の姿を残す、古代ローマコンクリート建築の芸術―

1900年前の姿を残すパンテオン

イタリア・ローマにあるパンテオン。
現在ではキリスト教の聖堂として使用されており、かの有名な芸術家ラファエロの墓も、ここにあるという。

このパンテオン、もともとは古代ローマ時代の建物で、いまから約1,900年前に建造された建物なのである。
驚くべきことに、パンテオンは古代ローマ時代のコンクリートであるローマン・コンクリートでできており、天井のドームは世界最大の無筋(鉄筋が使われていない)コンクリート建築なのだ。

ではこのパンテオン、

  • 何のために建築され
  • 誰が建築を指示し
  • どのような構造をしている

建物なのだろうか。

それでは古代ローマのコンクリート建築の至宝である、パンテオンについて見ていこう。

パンテオンは何をする場所だった?

建物の名前にもなっている「パンテオン」とは、ギリシア語で「すべての神々」を意味している。
それが転じて、すべての神々を祀る建物である、万神殿へと変化した。

古代ギリシアや古代ローマは、日本と同じ多神教の国だった。
それゆえ彼らを守護する神も、たくさんいたのである。

古代ローマの3主神であるユピテルやユノー、ミネルバはもちろん、他の神々も含めたすべてを祀ってある神殿が、万神殿、というわけだ。
日本であれば、八百万の神々が集まる出雲大社といったところだろう。

パンテオンを建てた人

ではパンテオンの建築をしたのは誰なのだろう。

実はパンテオンを建てた人は2人いる。
一人はマルクス・ウィプサニウス・アグリッパ。
もう一人は漫画テルマエ・ロマエでおなじみの皇帝ハドリアヌスである。

パンテオンが2度建てられた理由。
それは、1度目に建てたパンテオンが火事にあい、焼失してしまったからだった。

マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ

マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ
アグリッパルーヴル美術館 [CC BY 3.0]

マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ(以後アグリッパ)は、初代皇帝アウグストゥスに仕えた人物だ。
アグリッパはアウグストゥスの右腕といってもよく、アウグストゥスに重要な戦争の指揮を任せられた人だった。

またアグリッパは公共心が人一倍強く、パンテオンの他にも、フランスにある水道橋ポン・デュ・ガールを含む上水道工事や、ローマ最初の公衆浴場であるアグリッパ浴場を建設している。

アグリッパはパンテオンを当初、アウグストゥスを称える神殿を建設する予定だったが、市民たちの反発にあって、万神殿へと変更したとも言われている。

こうして紀元前25年に完成したパンテオンだが、紀元80年に落雷にあって炎上、崩壊した。

ハドリアヌス

ローマ皇帝ハドリアヌスの胸像
ハドリアヌス | Wikipediaより

今日に姿を見せる2代目のパンテオンを建設(再建)したのは、第14代ローマ皇帝であるハドリアヌスだ。
ハドリアヌス帝は旅する皇帝として有名だったが、皇帝の責務ともいわれた公共工事もまた、たくさんこなしている

旅と美青年と風呂を愛したローマ皇帝ハドリアヌス 旅するローマ皇帝ハドリアヌス ―テルマエ・ロマエにも登場する五賢帝の三番手―

例えばブリタンニア属州(現在のイギリス)を、北方の蛮族から守るハドリアヌスの長城や、チュニジアにある長大なローマ水道橋は、ハドリアヌス帝が建設を指示したものだ。

ハドリアヌス帝は紀元118年から125年にかけて、パンテオンを建設した。
古代ローマでは、国家に寄進した公共物には、貢献した業績の証として寄進者の名前を刻むのが通例だった。
たとえそれが再建工事であっても、創建者に並んで刻まれた。

しかしハドリアヌス帝が再建したパンテオンに、彼の名前はない。
パンテオンの正面には、次のように刻まれているだけである。

アグリッパ建設の刻印
アグリッパ建設の刻印

M. AGRIPPA L. F. COS TERTIUM FECIT

「マルクス・アグリッパが3度めのコンスル(執政官、政治最高職)を務めたときに建造」と。

パンテオンの構造

冒頭でも記載したとおり、パンテオンは約1,900年前に建造された、世界最大の無筋コンクリートドームを持つ建物である。
おそらく1度目の焼失を踏まえて、火事にも強い構造に変更したのだろう。

パンテオンは大きく分けると2つの部分に分けることができる。

  • 20本の柱が並ぶ、柱廊玄関部分のポルティコ
  • ポルティコの奥にある円筒・円形部分のロトンダ

さらにロトンダの上部には、無筋コンクリートのドームがある。

パンテオンの構造
パンテオンの構造

パンテオンは、ローマン・コンクリート建築の最高傑作といっても過言ではないと思っているのだが、ローマン・コンクリートのことを知れば、よりパンテオンを興味深く知ることができるのではないかと思う。

2000年の耐久度を誇るローマン・コンクリート ローマン・コンクリート ―二千年経っても崩れない古代ローマの建築技術―

パンテオンを上から見ると、まるいロトンダに四角のポルティコがくっついていて、まるで日本の前方後円墳を思わせるような形をしている。

ではパンテオンを構成しているポルティコ、ロトンダ、ドームは、具体的にどのような構造になっているのだろうか。

柱廊玄関部分(ポルティコ)

パンテオンを構成する2つの部分のうちの一つ、柱廊玄関部分がポルティコだ。
ポルティコの大きさは、間口約34m、奥行き約15m。

正面に8本、その奥に4×3の12本、計20本の柱が並んでいる。
柱の高さは約12mで、柱の頭にある装飾はコリント式。

この柱は大理石でできているが、ローマ近郊のものではない。
実はローマから4,000キロも離れた、エジプト東部の砂漠の真ん中にある、モンス・クラウディアヌスから削り出したものだ。

モンス・クラウディアヌス

「モンス・クラウディアヌス」とは、「クラウディウス山」という意味。
この山での作業に初めて資金提供をした、4代皇帝クラウディウスにちなんで、この名がつけられた。

この20本の柱に支えられた屋根により、風雨から玄関とロトンダが守られている。

円筒部分(ロトンダ)

パンテオンのもう一つの構成部分が、円筒形のロトンダだ。
ロトンダの内径(内側の直径)は約44mで、高さは30m。
壁の厚さは約6.2mもあり、このぶ厚い円筒の躯体の上にドームが乗っている。
そして円筒部分の材料は、すべてローマン・コンクリートである。

また、ロトンダを支える幅7.3m、深さ4.5mのコンクリート基礎があり、さらに基礎を強化するリングが設置されている。

円筒壁の材料

円筒形の壁は、下にあるほど重力による圧力がかかるため、コンクリートの材料に工夫をし、より上部には軽い骨材が使われている。
例えば円筒形の下部は、凝灰岩という重い石を骨材に利用し、最上部には黄色凝灰岩と軽石を組み合わせた骨材を素材にすることで、より軽くしたのである。

内壁の構造

ロトンダの内部壁龕
主要神とそれ以外を祀った壁龕

円筒部分には、水平の梁が上下2箇所設けられており、下の梁は何本かの柱で支えている。
その柱の奥にも壁龕(へきがん、ニッチ部分) があり、おそらくこのくぼみに主要な神々を祀っていたと思われる。

また、上部と下部の水平梁の間にも小さな壁龕が設けられており、この小さい空間にマイナーな神々を祀っていたようである。

排水の工夫

さらに後述するが、天井には採光のために9mの天窓が空いているが、当然ながら、ガラスなどで蓋をしているわけではないので、雨が降り込んでくる。
その雨を処理するために、床に小さな穴が開けられ、排水を促す仕組みをつくっているのである。

古代ローマ人は常々「建築物にとって水は敵」と心得ていた。
そのため、街道や橋にも設けた排水施設を、パンテオンにもしっかりと応用しているのだった。

ドーム部分

パンテオンで特筆すべき特長が、この無筋コンクリートでできたドーム部分である。
古代ローマ人が好んで使った建築形式であるドームについては、組積造建築の「迫り持ち式」工法を見るとより深くわかるだろう。

ドームの内径は、ロトンダの内径と同じ約44mで、ドームの頂点からロトンダの床の高さまでも同じ44m。
ということは、ロトンダ内部は44mの球がすっぽりと収まる構造、ということだ。

オルクス

また、ドームの頭頂部には、前述したとおり9mの天窓がある。
この天窓はラテン語で目を意味する「オクルス」と呼ばれ、採光を目的として作られたものだった。

さらにドーム内部にある格間の列(模様のような凹み)は、たんなる装飾ではなくドーム自体の重量を小さくするためにつけられたものだ。
この凹みの大きさを上に行くほど小さく(間隔をせまく)することで、 目の錯覚により実際の高さよりも高く見える工夫がされている。

ドームの構造

パンテオンのドームは6層構造になっており、各層ごとに使われているコンクリートの骨材が違う。

ドーム6層の様子
ドーム6層の様子
1層目(基礎)凝灰岩と砕石
2層目(1階部分)凝灰岩と石灰岩の2種の砕石
3層目(2階部分)凝灰岩の砕石とレンガ片
4層目(円蓋下部)レンガ片
5層目(円蓋中部)凝灰岩の砕石とレンガ片
6層目(円蓋上部)凝灰岩の砕石と軽石

また、ドーム最下層(1層目)では、壁の厚さが6mもあるのに対し、6層目(円蓋上部)では1.5mにまで薄くなる。
これは頭頂部に行くほどドームの圧力がかかるため、重量と厚みを調整することで、ドーム全体に同じような力がかかることを目的としている

さらに頭頂部にあるオクルスは、アグリッパの建設当時にはなかったものだ。
なぜならドームに天窓を作る設計は、ネロ帝が建設した宮殿であるドムス・アウレアに取り入れられた建築技術だからである。
ハドリアヌス帝は、当時の最新技術を駆使し、パンテオンをリメイクしたのだろう。

パンテオンの場所、行き方

このように、当時のローマ建築の最高技術を結集したパンテオンは、マルス広場(カンプス・マルティウス)に建設された。
もしあなたが実際にパンテオンを見に行きたいと思うなら、下記を参考にするといいだろう。

パンテオンへのアクセス

地下鉄A線「Barberini駅」で下車後、徒歩約15分

パンテオンの周辺マップ

今回のまとめ

それではパンテオンについて、もう一度おさらいしておこう。

  • パンテオンが作られた目的は、様々な神々を祀るため
  • パンテオンを建設したのは、アグリッパとハドリアヌス帝
  • パンテオン(とくに円筒形のロトンダ)の建築材料は、すべてローマン・コンクリート
  • パンテオンはマルス広場に建設された

パンテオンを見ていると、これが1,900年も昔の建物とは思えない、モダンな作りをしている。
さらに驚くべきことに、この建物が(たびたびメンテナンスをされているとはいえ)1,900年前の姿で建っているという事実である。

古代ローマ人の建築技術がいかに高かったのかを、パンテオンは証明している。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA