時間と時計 ―季節によって長さが変わる古代ローマの計時法―

季節で長さが変わる古代ローマの時間と時計

私たちの生活サイクルを決めている、1日を刻む時間。
時間(と時刻)がなければ、会社や学校でおこなう活動の区切りもつかないし、公共の交通機関を利用するにも、いつまで待てばいいのかわからず不便になるだろう。

現在は一定の間隔で刻まれる時間。
実は古代ローマ時代、時間の間隔が季節によって変化していたことを、あなたはご存知だろうか。

いったい古代ローマ人はどのように時間を決め、どうやって時間を計っていたのだろう。
今回は古代ローマの計時法について見ていこう。

古代ローマの時間

季節によって変わる古代ローマの1時間

1日を24分割して1時間とすることは、古代ローマも現在も同じだ。
ただし古代ローマでは、日の出から日没までと、日没から日の出までを日中と夜間に分け、それぞれを12分割することで1時間を決めていた。

しかしこの方法で時間を決めると、太陽の出ている時間が季節によって変わるため、1時間の長さが変わってしまうのだ。
そのため古代ローマでは、夏の昼1時間は75分もあるのに、冬では44分しかなく、その差が31分もあった。

古代ローマの時間の呼び方

古代ローマでの時間の呼び方は、日中、夜間ともに、始まりから「第1時」「第2時」と呼び、「第12時」まで続いた。
また夜間は特別に4分割された夜警時が決められていた。

現代の日本でも天気予報などは、夜を4分割してそれぞれの呼び名を決めている。
古代ローマと日本の呼び名の対応表は次の通り。

※スマートフォンでは右にスライドできます。

ラテン語表記 説明
第一夜警時 prima vigilia 日の入から真夜中までの時間帯の前半。天気予報の 「夜のはじめ頃」。夕暮れ・宵の口(よいのくち)。
第ニ夜警時 secunda vigilia 日の入から真夜中までの時間帯の後半。天気予報の 「夜遅く」。
第三夜警時 tertia vigilia 真夜中から日の出までの時間帯の前半。天気予報の 「未明」。
第四夜警時 quarta vigilia 真夜中から日の出までの時間帯の後半。天気予報の 「明け方」。夜明け・暁(あかつき)・早朝。

※参考サイト

参考 古代ローマの不定時法Wikibooks

AMとPMは古代ローマ発祥

時間の表記として、あなたにも馴染みのあるAMとPM。
この表記は古代ローマのものだ。

古代ローマでは、日中の第6時終了時(第7時の開始時)、つまり正午をラテン語で「メリディエス(meridies)」といった。
このメリディエスより前のことを、以前を表すラテン語の「アンテ(ante)」をつけて、「アンテ・メリディエム(ante meridiem)」といい、略してam。
正午より前、つまり午前のことを表す。

同様にメリディエスより後のことを、以後を表すラテン語の「ポスト(post)」をつけて、「ポスト・メリディエム(post meridiem)」といった。
こちらも略してPMとなり、午後を表した。

古代ローマの時計

では古代ローマで定められていた時間をどのように計っていたのだろうか。

現代のように、電池で動くアナログ時計や、数字が表示されるデジタル時計が存在しない古代ローマでは、日時計と水時計が使われていた。

日時計(ソラリア)

日時計とは、太陽の光が作る指針の影の位置で、時間を測る時計である。
日時計の起源は古代バビロニアにあると言われ、ローマにはシチリア島の都市カターニア経由で、紀元前263年に導入された。

日時計は作りが単純なために普及したが、次のようなデメリットもあった。

  • 晴天の日にしか使えない
  • 夜は使えない
  • 季節や緯度によって時間が違う

また、しばしば時計が狂うこともあり、紀元前164年以降は公共で使われていた日時計を、ときの監察官(ケンソル)が管理したという。

日時計の種類

古代ローマで使用されていた日時計には、大小様々なものが存在する。
ここではそのいくつかを紹介しよう。

アウグストゥスの日時計

古代ローマの中でも最大といって差し支えないのが、マルスの野に設置されたアウグストゥスの巨大な日時計だ。

アウグストゥスの日時計
User:MatthiasKabel [CC BY-SA 3.0]

日時計の指針(グノモン、影を落とすもの)にはエジプトから運ばせたオベリスクを使用。
日時計の規模は60m✕160mで、ちょっとした球技場のグラウンドの広さに相当する。

影の指している位置にある青銅製のメモリのついた線を読むことで、時刻がわかるようになっていた。

公共の日時計

公共の日時計

アウグストゥスの日時計は例外中の例外であり、公共のものとして設置されている日時計はそれほど大きくはない。

エッグスタンドを半分に割ったような形の台座に指す小さな穴が空いており、その穴に指針(グノモン)を差して使う。
日が差すとくぼみに影が落ち、そのくぼみに刻まれた時刻線を頼りに、時間を図るのだ。

なお2017年に古代ローマ時代で使われていた日時計が、当時の地方都市で出土したようだ。
この日時計を3Dで再現した映像があるので、参考にしていただけるかと思う。

日時計の3Dモデル

Roman sundial (Interamna Lirenas, Italy)by al506on Sketchfab

※参考サイト

参考 古代ローマの日時計を発見、碑文を解読ナショナルジオグラフィック

携帯用の日時計

古代ローマには、携帯できる日時計もあった。
一般的なものは、公共の日時計を小さくしたような形だったり、平らなリング型をしていたが、1760年にヘラクレネウムという都市から出土したものは、なんと豚肉を吊るしたハム型の携帯日時計だった。
このように、古代ローマの時計職人も遊びゴコロがあったのである。

なおハム型日時計は、こちらの記事に書かれているので、興味のある方は読んでいただくといいだろう。

※掲載サイト

参考 古代ローマの「ハム」形携帯時計、3D技術で検証ナショナルジオグラフィック

ちなみに現代でも携帯用の日時計があるので、興味ある方は見てみてはいかがだろうか。

水時計(クレプシュドラエ)

前述したように、日時計には太陽が隠れていると使えず、かつ緯度が変わると時間がずれてしまうデメリットがあった。
そんな悩みを解消する時計が水時計だ。

水時計は、小さな穴から容器内に水を流し込み、流れ込んだ水に浮かぶ「浮き」の上昇によって時間を計る時計である。
その紀元は日時計と同様古代バビロニアにあると言われ、ローマにはギリシア経由で紀元前159年に導入された。

水時計でも正確に合わせることが難しかった

水時計は日時計とは違い、夜や室内でも時間を計測でき、かつ緯度によって時間がずれることがなかった。
それゆえローマの富裕層には一種のステータスとして、ガラス製の水時計が使用された。

実は導入当初は水圧で水の流れを一定に保つことができなかったらしい。
しかしローマの時計職人たちの創意工夫により、水が一定の間隔で流れ落ちる非常に精度の高い時計ができた。
また、様々な仕掛けを時計に施して決まった時間に音がなったり、時計の扉が開いて人形が出てくるものもあったという。

ただし水時計の計測時間がどれほど正確になっても、時間そのものが季節によって変化してしまうため、時間を合わせるのはとても難しかった。
哲学者セネカは言う。

哲学者の意見の一致よりも水時計の時刻の一致のほうがはるかに難しい

裁判で重宝された水時計

そもそも時間を正確に計る気があるのか疑わしい古代ローマ人ではあるが、水時計が重宝された場面がある。
それは裁判の時だ。

裁判では原告、被告がともに口頭弁論を行う時間を平等に計る必要があった。
そこで水時計が用いられたのだ。

水時計は現在の時刻を知らせるタイプのほかに、砂時計のように『○分間』を計るタイプがあり、裁判では後者が使用された。
例えば20分間計ることができる水時計6つ分、という形で弁論タイムを決めていたようである。

今回のまとめ

古代ローマの時間と時計について、もう一度おさらいしよう。

  • 古代ローマは昼と夜をそれぞれ12分割して1時間の長さを決めた
  • 古代ローマの一時間は季節によって長さが変わった
  • 古代ローマの夜は、12分割以外に4分割した名前もついていた
  • 古代ローマでは、日時計と水時計が使われていた

時間の長さが変わっても、それをもとに生活し続けた古代ローマ人。

農耕の民であった彼らにとって、夏の活動時間が長いのは、当然の成り行きだったのかもしれない。

なお時間と関係する古代ローマの暦については、古代ローマの暦(こよみ) ―現代のカレンダーにも名残を残す、生活サイクルの基準―からからどうぞ。

現代に名残を残す古代ローマの暦 古代ローマの暦(こよみ) ―現代のカレンダーにも名残を残す、生活サイクルの基準―
 

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