ネロ ―母からの自立を願い、芸術と娯楽を愛した民衆派皇帝―

死後も愛され続けた民衆派皇帝ネロ

ネロ、母に反抗する

不良グループとの付き合い

親への反抗の表現に悪ぶる態度を見せるのは、古今東西変わらないらしい。ネロも、アグリッピナからすれば「好ましくない」友人たち、端的にいえば不良グループとつるんで遊び回った。

皇帝の身分を隠すため奴隷に変装し、夜の街に繰り出す。喧嘩や窃盗、婦女子への暴行を行うなど、現代なら少年院送りにでもなりそうな悪事をやり尽くしたのである。ときには彼自身の顔面にアザを作ることもあったという。

どうやらネロは変装しきれていなかったようで、彼の行動はたちまちローマ市中で噂になった。これに便乗して偽ネロを名乗り、狼藉を働くものが続出。ローマ市の治安は乱れたと言われている。

ところでお目付け役のブッルスやセネカは、ネロをどのように指導したのか。彼らはネロの行動を黙認していたようだ。皇帝という公人を若い身空で務めれば、ストレスが溜まると考えたのだろうか。ただし近衛兵たちに尾行を命じ、いざというときは警護をするよう指示していた。

愛人アクテ

母アグリッピナが決めたものの一つが、クラウディウスの娘オクタウィアの結婚だ。彼らはどうも相性が悪く、夫婦間の愛情がなかった。とはいえオクタウィアはローマ女性の美徳を絵に書いたような女性。素行の悪いネロにもよく尽くした。

ところがネロは、オクタウィアではなく別の女性に入れ込んだ。彼女は解放奴隷のアクテ。当然アグリッピナは激しく注意するが、ネロは言うことを聞かず、アクテに夢中になる。ではなぜアグリッピナはアクテとの恋を、それほど注意したのだろうか。

もちろん皇帝の血を引くオクタウィアと、奴隷上がりのアクテでは、身分の違いは明らかだ。加えてアグリッピナは、ネロがやがてアクテとの結婚を言い出すのではないかと心配したのである。

皇帝が解放奴隷を妻に迎えるなど、あってはならないスキャンダル。しかしネロは自分の忠告を聞いてはくれない。そこでアグリッピナは下手にでる作戦を実行する。ネロは十分大人になった、一人前の男だと認めるふりをした。ところがネロは母の表面だけを装った態度に、ますます反抗的な態度を取ったのである。

アクテのその後

アクテは最終的に大勢の奴隷を抱える大豪邸、そして3つの不動産を手に入れるほど大金持となった。ネロはアクテを単なる遊び相手とは思っておらず、相当リスペクトした関係だったようだ。

ここに至ってアグリッピナは激怒した。ネロが私の意見を聞かないのなら、違う人間を皇帝にすればいい。そこで白羽の矢を立てたのが、先帝の実子でネロの義理の弟ブリタニクスだった。

母と弟の同盟阻止

母の態度にネロはたじろいた。手練手管を駆使して、ネロを皇帝に仕立て上げたアグリッピナである。彼女がその気になれば、皇帝の首をすげ替えるかもしれない。加えてネロはブリタニクスに大きな懸念を抱いていたのだ。

その懸念とは、ブリタニクスに巣食う心の闇である。ネロが即位したばかりの54年12月。サトゥルナリア祭の余興で、ネロは仲間とブリタニクスで王様ゲームを楽しんでいた。ネロは王になると、仲間には無難な余興を要求したのだが、ブリタニクスには皆の前で歌うよう、無茶振りをしたのである。

ブリタニクスはこのとき、身の不遇を切々と歌い上げたのだった。この出来事は、ネロにブリタニクスが深い恨みを抱いていることを確信させた。

先帝の妻とその息子が手を結べば、皇帝の座も風前の灯となる。ネロはなんとしてでも先手を打たねばならなかった。そこでブリタニクスの殺害を決意する。

ネロ、弟ブリタニクスを毒殺する

ネロはブリタニクスを宴会の席で毒殺することにした。手口はこうだ。

まず熱すぎて飲めないものを用意する。毒味係が一口飲むのは想定済みなので、この飲み物に毒は仕込まない。しかしこの飲み物を冷却用の水で冷ますことはするはずだ。それを見越してネロはこの冷却水に即効性の毒をしこんだのだった。

ネロの狙い通り、ブリタニクスは熱い飲み物を飲んだあと、冷却水を注ぎたして口にした。もちろん毒が入った水のため、あっという間に呼吸が止まってしまった。ブリタニクスの状態に騒然とするなか、ネロはこううそぶいた。

なに、持病が出ただけさ

ブリタニクスの死について報告を受けたアグリッピナは、ネロが何らかの方法で弟を殺したことを悟ったはずだ。この後ネロは、アグリッピナを宮殿から追い出した。彼女には警護の兵もつけなかったという。

ポッパエア・サビナ

ポッパエア・サビナの像
ポッパエア・サビナ
TcfkaPanairjdde, CC BY-SA 3.0  , ウィキメディア・コモンズ経由で

アグリッピナを宮中から追い出したおかげで、ネロの反抗はさらに加速。ネロはアクテの次の「恋人」を見つけた。その女性の名はポッパエア・サビナ。不良仲間だったサルウィウス・オトの妻で、とても美人だった。2021年から始まったアニメ『セスタス ―The Roman Fighter―』にも登場したので、記憶にとどめている方もいるだろう。

ポッパエアはポンペイに大豪邸をもつポッパエウス・サビヌスの親戚でもあったので、イタリアでも指折りの大富豪だったに違いない。

火山灰に埋もれたタイムカプセル都市ポンペイ ポンペイ―ヴェスヴィオ火山の火砕流と灰に埋まったタイムカプセル都市―

ところがこの女性、ネロの相手として一枚も二枚もウワテだった。彼女は出会った当初から、ネロに首ったけのフリをして近づいてくる。ところがネロがその気を見せたところですっと引いてみせた。私は夫がいる身だと。

ポッパエアに完全に翻弄されたネロは、夫のオトを属州ルシタニア(現在のスペイン西部からポルトガルにかけての地域)の総督に任命し、ポッパエアと夫婦の距離を引き離したのである。

こうしてネロはポッパエアを公然の愛人にしたのだった。

アグリッピナの死

アグリッピナの賭け

ネロに自立心が芽生えたことに、アグリッピナは焦りを感じた。加えて狡猾なポッパエアが、ネロと公然の愛人関係を結んだことに危機感を抱く。おそらくポッパエアは近いうちに、ネロの正妻オクタウィアを皇帝から引き離し、自分が皇后に収まる算段を立てるだろう。

そこで彼女は賭けに出た。ネロが自分の言うことを聞くように、息子を「女として」誘惑したというのだ。厚化粧をして息子の前に現れ、ひと目もはばからず濃厚なキスをした――。古代ローマでもタブー視された、母子の近親相姦である。

しかし本当にアグリッピナとネロは、禁断の関係を結んでいたのだろうか。

ネロに批判的な古代の歴史家たちは、ネロとアグリッピナの噂について書き留めている。例えば歴史家タキトゥスは「アグリッピナが(自分たちの関係について公然と)言いふらしていた」と記述。また『ローマ皇帝伝』の著者スエトニウスは、彼女たちの関係を次のように記している。

帝が臥輿(ふこし)で母と一緒に運ばれるときはいつも、母子相姦の淫欲に耽り、その証拠に服に染みをつけていた

ローマ帝国愚帝物語 第三章 放埒帝伝  

私が推測するに、アグリッピナの気性からして、誰かに噂の真相を聞かれたら、「好きに邪推すればいい」とでもいい放ち、ネロに近づくために(母に引け目のある)ネロの弱みを利用して、同じ輿に乗せてもらった程度のことではあるまいか。

ネロ、アグリッピナ殺害を決意する

しかしアグリッピナがネロに脇目も振らず近づいたこと自体、噂になったのは事実だろう。アグリッピナとの関係を廷臣たちから注意されたこと、また母からの完全な自立を決意したことに加え、引け目を感じて母を懐に入れてしまった自分の弱さを解消するため、ネロはついにアグリッピナを亡きものにすることを決意した。

しかしアグリッピナを一体どうやって殺すのか。代表的な次の2つの方法には、それぞれ問題があった。

  • ・・・食前に解毒剤を服用するほどアグリッピナが警戒しているので、これは×
  • 刺殺・・・自分の指図だとバレてしまうので、これも×

ネロが手段に行き詰まっていたところに、救世主が現れる。その人物とは解放奴隷のアニケトゥス。

アニケトゥス

ネロの元家庭教師で解放奴隷。当時ミセヌム(ナポリ近郊の港町)艦隊長官をしていた。

彼はネロにこう提案した。海難事故を装った溺死に見せかけるのはいかがか、と。ネロはアニケトゥス策に乗り、ある仕掛けを施した船の建造を命じたのだった。

強運の持ち主、アグリッピナ

こうして59年3月中旬のある日、ネロはバイアエ(現バイア。富裕層の保養地でナポリ湾に面する)で母を歓待することにした。アグリッピナはようやく息子が素直になってくれたと上機嫌だったことだろう。ひとしきり宴会でもてなした後、ネロは母にナポリ湾の遊覧を勧め、例の船にアグリッピナをエスコートしたのである。

この船が沖合に出たところで、計画通り仕掛けが作動した。大量の鉛を載せた船室の天井が落ちてきたのだ。この「事故」でアグリッピナのお供一人は下敷きになり即死。ところがベッドの背もたれが落下した天井を支える強運に恵まれ、アグリッピナは一命を取り留めた

失敗に気づいたアニケトゥスの部下は作戦を変更し、船の片側によって転覆を目論んだ。しかし計画を知らない漕ぎ手たちは、必死になって船のバランスをとろうとし、なかなか沈まない。そのうちアグリッピナの侍女が「皇太后を救出せよ」と叫んだため、アニケトゥスの部下によって殴り殺されたのである。

アグリッピナはこの様子をみて誰が敵かを悟ったことだろう。彼女は無言で海中に飛び込んだ。実はアグリッピナは毎日ギムナシウム(総合体育場)のプールに通い泳ぎを練習するほどの達人だったのだ。おかげで彼女は海を泳ぎきり、別荘にたどり着くことができたのだった。

「ここを突きなさい!ネロが生まれたこの腹を」

アグリッピナ殺害に失敗。この報告を受けたネロは、完全に狼狽した。彼はうろたえながら、腹心のセネカとブッルスにすべてを打ち明けた。そして彼らの助言に従い、アニケトゥスに母の殺害を命じたのである。

ただしこのままではネロが単なる親殺しの大罪を犯すことになる。と、そこに都合よく母の無事を知らせる使者がやってきた。ネロは使者の足元に剣を投げて言い放つ。

母の命により差し向けられた暗殺者がやってきた

と。彼は瞬時に「アグリッピナによる皇帝暗殺」計画を作り出してしまったのだった。そして訪れた使者を現行犯逮捕し、母殺しの大義名分を確保したのである。

アニケトゥスは兵を引き連れアグリッピナの別荘へと向かった。そして寝室にいたアグリッピナを2人の部下と取り囲む。部下のひとりがまずアグリッピナの頭部を棍棒で殴った。そしてもうひとりが剣を抜き放ったとき、アグリッピナは自分の腹を指して叫んだのだ。

ここを突きなさい、アニケトゥス。ネロが生まれたここを!

こうして我が子を皇帝にし、権勢を誇ったアグリッピナは43歳でその生涯を閉じた。

ネロはバイアの地から元老院に対し、「母アグリッピナは皇帝暗殺に失敗したため自害した」と親書を送り、元老院もこの言い分を認めた。また母の誕生日である11月6日は凶日と決まった。

母の殺害より3ヶ月後、ネロはローマに帰還した。さすがに罪の意識があったのだろう。民衆がどのような反応を示すのか心配だったに違いない。ところが以外にも首都の人々から熱狂的な歓迎を受けたのである。ネロはようやく母から解放されたかに思われた。

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