一人でローマ軍二万を足止め!?シラクサの天才アルキメデスの防衛兵器

一人でローマ軍を苦しめた天才アルキメデス

万能の天才と聞いて一番に思い浮かぶのは、ルネッサンス期に活躍したレオナルド・ダヴィンチだろう。

しかし古代にも彼に匹敵する天才がいたことをご存知だろうか。

彼の名はアルキメデス。
アルキメデスを知らなくても、『アルキメデスの原理』という言葉を一度は聞いたことがあるはずだ。

シチリア島の南東部に位置するシラクサにいたアルキメデスは、縁者であるシラクサの王ヒエロン二世の庇護のもと、様々な学問的発見を成し遂げた。

また、アルキメデスは学術的な発見を実用化させることもできた、当時では数少ない人物だった。
特に『てこの原理』を応用した器械をアルキメデスはいくつも発明している。

この発明の威力を遺憾なく発揮したのが、ローマがカルタゴとの死闘を繰り広げた第二次ポエニ戦争中に、ローマとシラクサの間に勃発したシラクサ攻防戦だった

そこで今回は、アルキメデスが発明し、実際に使用されたとされる、

  • アルキメデスの鉤爪
  • アルキメデスの投石機
  • アルキメデスの熱光線

の3つを紹介しよう。

ローマ軍四個軍団(約20,000人)を一人の知で足止めしたアルキメデスの発明品をご堪能あれ。

シラクサ防衛兵器その1:アルキメデスの鉤爪

アルキメデスが『てこ』をうまく利用した逸話として、次のようなことを言ったという。

私に支点を与えよ。されば地球を動かしてみせよう。

このてこを応用した対ローマ防衛兵器のひとつが、『アルキメデスの鉤爪(Archimedes Claw)』と呼ばれるものだ。

アルキメデスの鉤爪は次のような構造になっている。

  • 大きな支柱があり、支柱の先に長い木製の棒が取り付けられている
  • 海側に出ている棒の先から、ロープが垂らされていて、ロープの先に金属製の引っ掛ける爪(鉤爪)がある
  • もう一方の陸側からもロープが垂らしてあり、こちらは滑車を介してから人力で引っ張るようになっている

使い方はこうだ。
まず、海側に垂らした金属製の鉤爪を、敵船の側面やマストにひっかける。
ひっかかったことを確認したら陸側のロープを人力で引っ張り、船の半分を高くあげる。
最後に陸側のロープを放して船を一気に落とし、船を転覆させるのだ。

このCG映像がとてもわかりやすいので、一度ご覧いただくと想像できるかと思う。

シラクサは防衛のために海に面した部分から内陸にかけて、ぐるりと街を城壁で取り囲んでいた。

ローマは海から攻撃を仕掛けるとき、まず城壁に船を近づけてから攻城用のはしごを使い、街の内部へ侵入するはずだった。
しかし接岸するとアルキメデスの鉤爪に引っ掛けられて船が転覆させられてしまうのだ。

ローマ軍は海側からの攻撃を諦めざるをえなかっただろう。

シラクサ防衛兵器その2:アルキメデスの投石機

投石機自体は、紀元前4世紀に開発されていた。
これをアルキメデスはさらに改良し、重さ500kg(0.5t)の石を城内から城壁の外にまで打ち出せるようにしたという。

サンプカ(注:攻城兵器の一種)が十分近づいたとき、兵士たちはカタパルトを発射した。石はすごい音とともに落下し、サンブカをのせていた足場をぶちこわし、それを支えていた船に大きな穴をあけた。海からの攻撃も、陸からの攻撃同様うまくいかなかったのはいうまでもない。

2 アルキメデス――軍事技術者 3 ローマ軍恐怖のうちに退却

アルキメデスの投石機は、的に対しての命中精度がとても高かったらしい。
おそらく改良により、打ち出す力を自在に変更でき、角度も自由に調整できる工夫をしていたのではないだろうか。

シラクサ防衛兵器その3:アルキメデスの熱光線

ローマ軍を悩ませた防衛兵器としてもう一つ、『アルキメデスの熱光線』がある。

これは海岸に巨大な鏡を複数並べ、鏡に反射する太陽光を集めることで熱を作り出す装置である。
おそらく巨大な鏡は小さな鏡の集まりで、一つ一つの鏡は角度を調整できるような仕掛けが施されており、焦点を自在に変更できる工夫が施されていたと考えらる。

アルキメデスの熱光線で、ローマ軍の船は何隻も燃やされたという。

アルキメデスの熱光線
シュラクサイ包囲戦 | Wikipedia

だが、理論上は可能だとしても、実際に布や船が燃えたのか。
この疑問は古今東西を問わずあったらしく、近世ヨーロッパでも実験が行われた。

ちなみにこちらは19歳の少年が5800枚の鏡を使い、自力でアルキメデスの熱光線を再現した動画。

動画ではコンクリートまで燃やす威力があるので、シチリアの強い日差しならローマの軍船も燃やすことは可能だったのではないだろうか。

シラクサ攻防戦終結とアルキメデスの死

アルキメデス兵器の活躍もあり、シラクサ攻防戦は2年もの間決着がつかなかった。
しかし長く続いた戦のせいでシラクサ側の見張りが疎かになり、ついにローマはシラクサの陥落に成功する。

このときローマ軍司令官マルケルスは、アルキメデスの才能を高く評価しており、兵士にアルキメデスを殺さないように厳命していた。
しかしこの命令も虚しく、アルキメデスはローマ兵によって殺害される。

享年75歳。
考え事のためにアルキメデスが描いていた図形をローマ兵に踏みつけられ、怒鳴ったせいで殺されたといわれている。

アルキメデスとシラクサ包囲戦を描いた漫画

ところでこのシラクサ攻防戦とアルキメデスの防衛兵器について描かれた漫画があることをご存知だろうか。

映画にもなった作品寄生獣で有名な岩明均氏の漫画ヘウレーカでは、少々大げさではあるものの、史実をもととしたアルキメデスの発明兵器が描かれている。

第二次ポエニ戦役時のシラクサがとてもわかりやすく描かれているので、古代ローマを知る入り口としておすすめできる作品に仕上がっている。
興味のある方は読んでいただければと思う。

今回のまとめ

アルキメデスの対ローマ防衛兵器について、もう一度おさらいしよう。

  • てこを応用して船を持ち上げ、転覆させる兵器を発明した
  • 従来の投石機を驚異的な精度と飛距離、重量の石を飛ばせるように改良した
  • 大量の鏡を使い、ローマの軍船を燃やした

シラクサおよびシチリアはその後、ローマの属州として地中海の重要拠点となり、ローマ有数の穀倉地帯としてローマ市民の食料を支えることとなる。

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