古代ローマのワイン―起源やたしなみ方、当時のブランドと現代に受け継がれたワイン造り―

古代ローマ人の一般酒 ワインについて

古代ローマのお酒は、なんといってもワインだった。
ワインを作る上で欠かせないぶどうの樹は神聖なものとされ、征服した土地に必ずはじめに植えていたという。

ではこのワイン、古代ローマではどのように飲まれていたのだろうか。

この記事では、次のことを書いていく。

  • 古代ローマにおけるワインの起源
  • 古代ローマ人のワインのたしなみ方
  • 古代ローマワインのブランド化
  • 古代ワインの種類と、産地に対応する現代ワインの紹介

それではさっそく古代ローマ人のワイン事情について見ていこう。

なお、現代にも受け継がれた古代ローマワインを記事の最後に紹介しているので、すぐに見たいあなたは現代にも受け継がれる古代ローマに飲まれていた様々なワインたちをチェックしていただければ幸いだ。

古代ローマ人のワインはエトルリアに起源があった

あなたはワインがどこで生まれたのかご存知だろうか。

ワインと言えばヨーロッパのイメージが強いが、じつは南コーカサス地方のグルジア(ジョージアとも呼ばれる)で始まったとされている。

寒暖の差が激しいジョージア(グルジア)は、ワイン発祥の地と言われています。その歴史はなんと8000年とも言われ、人類の歴史とともにワイン作りが発展してきました。ワインはこの地からメソポタミアを経由してエジプトに運ばれたのです。

ワイン発祥地 ジョージアワイン | DTACジョージア観光情報局

では、古代ローマ人はいつからワインを飲み始めたのか。
古代ローマのワインは、エトルリアから伝わったようだ。

紀元前8世紀ごろ、イタリア半島の中部、現在のトスカーナ州、ウンブリア州、ラツィオ州に当たる部分に、エトルリアと呼ばれる都市国家がありました。そこに住む人々は、ギリシャ人がやって来る以前から、高度なブドウ栽培技術を持っていました。
ワイン造りの技術も確立され、遺跡からは、丘の頂で搾り取ったブドウの果汁が地中の石造りの溝を流れ下って、素焼きの巨大な発酵容器に流れ込む仕組みが、発掘されています。

ローマ人とワイン、ワインの道はローマに通ず | boomil

ローマは、当時彼らよりも先進国家だったエトルリアから様々な技術を輸入したが、ワインについても例外なくローマ人の習慣として根付いていくことになった。

古代ローマ人のワインのたしなみ方

古代ローマは、白ワインの、それも極甘のものを好んだ。
味がうすいとワインに蜂蜜を混ぜて飲んだらしい。

また古代ローマでは、次のような方法でワインをたしなんだ。

ワインは水で割るのが一般的

ローマ人は、現在のようにワインをストレートで飲むのではなく、水で割るのが一般的だった。
薄める水の割合、次の4つに決まっていた。

  • 2:1
  • 5:2
  • 3:1
  • 4:1

※水:ワインで表記

また、水割りにする理由はいくつかある。

ワインをそのまま飲むのは野蛮とされた

ローマ人(とローマ人が憧れたギリシア文化)は、ワインをそのまま飲むことが許されるのは酒神だけで、人間がまねると野蛮になったり凶暴になったり、発狂すると信じられてきた。

おそらく割らずに飲むとアルコール度数が高いので、すぐに酔っ払うためだと考えられる。
酔っぱらいの失敗エピソードに対する教訓が、違う形で口伝したものかもしれない。

素焼きの壺で保存していたため、水分が蒸発してワインの濃度が高くなった

古代ローマではワインの保管方法が現代のように確立されていなかった。
そのため、ワインを『ピトイ』という底のとがった素焼きの壺で保管していたが、どうやらこれでは水分がどんどん蒸発してしまったらしい。

ピトイ

そのために濃くなったワインを薄めるため、水で割ったのだと言われている。

製法上の理由で甘くなりすぎた

ローマ人のワインはもっぱら白。
それも甘ければ甘いほうがいいとされていた。

しかし当時のワインの製法では、そのローマ人でさえも甘すぎるワインがあったらしい。

大量に飲めることをアピールするため

こういう人いるよね、という典型。
回転寿司の積み上がった皿を自慢するタイプの人間が、見栄を張るためにアピールしたかったらしい。

たいていこのような武勇伝をつくりたがるのは、男だろうと推測される。

ワインを冷やすため

これは私の完全な推測に過ぎないが、水には冷却効果を期待したのではないかと考えている。

というのも、白ワインは赤とは違い、現代でも10度前後に冷やして飲む。
当時冷蔵庫がなかったので、もちろん常温保存されていたはずだ。

となれば、喉を潤すために冷たい水を入れるのは普通のことだったのではないだろうか。
また、ローマ上水道のほとんどの道のりが地下を通ることは、古代ローマの上水道―構造から水道橋の建設方法、コンテストまであった水質管理まで―にも書いた。

地下を通る水の温度は、夏場でもだいたい12~13度の温度を保っている。
私邸に水道管を通せる裕福な市民であれば、その冷たい水を使ってワインを冷やし、口当たりを愉しんだと思うのだ。

時にはワインを雪で割ったり、氷にワインをかけて愉しんだ

ローマ人は、ワインの甘みが足りないと感じると、蜂蜜を入れて飲むこともあった。
極甘のワインに、さらに蜂蜜を入れるのだから、本当に甘いものが好きだったのかもしれない。

また、前述した冷やす手段だが、時には貯蔵しておいた雪をワインに入れることもあったという。

(前略)また、ローマの皇帝ネロも同様に、アルプスから運ばせた万年雪に果汁、蜜、植物から採った樹液などをブレンドして作った氷菓子を愛飲していたと言われています。
この氷菓子は「ドルチェ・ビータ」と呼ばれローマ市民の間にも広がり、裕福な人々はそれぞれの自宅に氷の貯蔵庫を設けパーティーなどで楽しんだと伝えられています。

アイスの歴史 世界編その1 | アイスクリームワールド

上記引用元が氷菓のWEBサイトなのでアイスクリームの話になっているが、注目してほしいところは、ローマ人の富裕層には氷の貯蔵庫があった、という一文。

また同ページには、あのカエサル(ジュリアス・シーザー)についても言及している。

(前略)この食べ物をデザートとして最初に楽しんだ人物がローマの英雄ジュリアス・シーザーだったと言われています。
彼は家来たちを万年雪の積もるアペニン山脈に出向かせ氷雪を運ばせては、ミルクや蜜、ワインなどをかけて食べていたと伝えられています。

アイスの歴史 世界編その1 | アイスクリームワールド

部下たちをそんなことに使ったのかよカエサル!というツッコミはさておき、ワインに雪を入れるのではなく、雪にかける、いわゆるアルコールシャーベットの手段としてワインを愉しんだようだ。

このような趣向は当然ローマの富裕層に伝わったはずで、ケーナ(夕食に招待する晩餐)やコミッサーティオ(酒宴)などで客人を楽しませる手段として、もてはやされたことだろう。

ワインには様々な添加物があり、それをろ過して飲んだ

アンフォラ

ローマ人はワインを注ぐ際、アンフォラという壺に入ったワインを長いスプーンですくい、それをろ過器でこした。
なぜならローマのワインには混ぜもの(添加物)が多く、そのままではいろんなものがカップに混入して飲めなかった。

ローマ人としても、ワインの理想形は現代のように混入物のない透き通ったワインだったことだろう。
しかし当時の製法や保存方法には限度があり、どうしても添加物を入れないと品質や長期間の保存ができなかった。

では、当時のワインにはどのような添加物が入っていたのだろうか。
表にまとめてみたので、ご覧いただこう。

目的添加物の種類
発酵を止める樹脂(松脂)、海水
濁りを取る卵白や石灰
色付けアロエ、サフラン、木の実、アスファルト(瀝青)
味付け水で薄めた果汁、蜂蜜
香り付けバラ、セロリ、スミレ、コリアンダー、アーモンド、胡椒、シナモン

変わったところでは、マツヤニと海水、アスファルト(瀝青)だろう。

マツヤニは壺や樽の内側に塗って防水性を高めるために使用。
海水は防腐剤の代わりか。

また、アスファルト(瀝青)について調べたところ、防水効果があるのはわかったが、はっきりした使用方法は判明しなかった。
こちらは調査中なので、分かりしだい追記予定だ。

“特別な畑”グラン・クリュから、特定のぶどう園へ―古代ローマのブランドワイン―

古代ローマには様々なワインがあったが、品質はピンからキリまであったらしい。
その中でもブランドとなるワインは○○産が重要な指標となっていた。

当時もっとも有名な産地はファレルノで、ネアポリス(現在のナポリ)南のファレルヌス山の斜面で採れるぶどうで作ったワイン『ファレルヌム』が高級ワインの代名詞だった。

また、ローマ南東にあるアルパノ山地産の『アルバヌム』、現在のラッツィオ州南部にあるフォンディという町の近郊で生産された『カエクブム』も有名なブランドである。

その他、カンパニア州の『スレンティヌム』、シチリア州の『マメルティヌム』、アドリア海沿岸の『プラエトゥティウム』、ヴェローナ北部の『ラエンティクム』も有名な産地として挙げられる。

これらは“特別な畑”という意味のグラン・クリュとして名高い。

しかし、しだいに時代が進むにつれて、産地よりもむしろ特定のぶどう園で採れたぶどうや生産されたワインが重要視される。
なかでもギリシア品種のアミネウムというぶどうは最高品質として認識されていたようだ。

※参考サイト

参考 ローマ人とワイン、ワインの道はローマに通ずboomil

しばしば行われたワイン産地の偽装

基本的に生産されたワインは生産地でつくられた陶器の壺アンフォラに保管されていた。
これを悪用して、安物のワインをわざと高級ワイン産地のアンフォラに入れ、不正をはたらいていたものもいたらしい。

インチキはそれだけではない。当時、高級ワインはアンフォラというつぼに、程度の悪い安物ワインは大つぼに入っているのが常識だった。しかし、「安物ワインを高級アンフォラに入れる」といったインチキも出回っていたらしい。

ローマ時代のワインはいかが? | SWI Swissinfo.ch

ワインを試飲して高いかやすいかを当てる番組があるが、いつの時代も味の違いがわかりにくいワインのことだ。
外見を変えただけで味が変わるという現象が起きても、不思議ではないのだろう。

奴隷もワインを飲んでいた

古代ローマでは、奴隷であってもワインを飲んでいた。
それほど一般的な飲料品だったのだ。

ところで奴隷の飲んでいたワインはどのようなものだったのだろうか。
奴隷が飲んでいたワインは、ぶどうの絞りかすで作られた『ロラ』という最低品質のもの。
これとて、実は当時のビールよりも高かったのだから、最低限の食事は与えられていたのだろう。

現代にも受け継がれる古代ローマに飲まれていた様々なワインたち

古代ローマ時代に有名だったワイン産地の中には、現代でもワインが製造されている場所がある。
ここではその中の一部を、ワインと共に紹介しよう。

Falernum(ファレルヌム)

古代ローマ時代に高級ワインとして名高いファレルヌム。
ネアポリス(ナポリ)南、ファレルヌス山の斜面で採れるぶどうで製造するワインは、大プリニウスやホラティウスも称賛したという。

また、ファレルヌムの中でも最高級のワインにファウスティアン・ファレルヌムがある。
ファレルヌス山のさらに中腹のみで採れるぶどうで作られたワインで、最低10年寝かせると、黄金色のワインができたらしい。

そんなファレルヌムを受け継いだワインがファレルノワインだ。

素焼き壺ピトイを運ぶ古代ローマ人たちがラベルに描かれていて、当時をしのばせてくれる一品となっている。

ヴィッラ マティルデ社が復活させた、古代ローマ時代の遺伝子を受け継ぐ、ブドウの樹から造られたスパークリングワイン。

Albanum(アルバヌム)

ローマ南東、アルパノ産で採れたぶどうを元に製造されたワインが、アルバヌムである。
詩人ホラティウスによると、アルバヌムワインは9年間熟成させ、愛人と一緒に味わうべき一品らしい。

このアルバヌムが作られていた地域、現在ではカステッリというワインが生産されている。

こちらは古代ローマ時代に保管されていた壺アンフォラをイメージしたボトルが特長の品。
とてもかわいらしいので、思わず部屋に飾っておきたくなる。

Clante(クランテ)

古代ではエトルリアのあった現在のトスカーナ地方で作られていたワイン。
Clanteとは、一説によるとエトルリア語で水の一種をさす言葉だったようで、クランテが作られている地域は豊富な水があり、農業が盛んだったという。

このクランテから変化したのが、現在のキャンティワインだ。

こちらは古代ローマで好まれていた白ではなく、赤ワイン。
フルーティな味わいが特長のワインとなっている。

Tusculum(トゥスクルム)

ローマからわずか7kmに位置する場所で作られたワイン。
この地は古くからローマの支配下にあり、キケロやティベリウス帝が別荘を立てたことでも有名な場所だ。

また、ハンニバルを破ったスキピオ・アフリカヌスの政敵である大カトーが、トゥスクルムワインを絶賛した。

現在はフラスカーティという町があり、この地で生産されるワインは白が有名。

地元ローマっ子に愛されているワイン。
洋梨やりんごの香りが漂う、フレッシュな味わいが特徴。

Mons Ilcinus(モンス・イルチヌス)

モンス・イルチヌスとは、樫の山という意味。
モンス・イルチヌスが作られた場所は現在のトスカーナ地方南部で、トキワガシという樫の木の緑に覆われた山だったため、この名前がつけられた。

この地方では、現在ブルネッロ・ディ・モンタルチーノが生産されている。

サンジョヴェーゼという古代から絶賛されたぶどうの品種で作られる銘酒中の銘酒。
その中でもヴィンテージに当たる一品で、値段もそれなりの一品。


なお上記のワインについては、こちらの記事を参考にさせていただいた。

参考 古代ローマのワインルネサンスのセレブたち

今回のまとめ

古代ローマのワインについて、もう一度おさらいしよう。

  • 古代ローマのワインの起源はエトルリア
  • 古代ローマでは極甘の白ワインが好まれていた
  • 古代ローマ人はワインを水で割るのが一般的だった
  • 古代ローマのワインは添加物が多く、ろ過器でこして飲んでいた
  • 古代ローマのワインにも様々な種類があり、産地やぶどう園がブランドになった
  • 古代ローマのワイン生産地は現在でもワインを生産している地域がある

現在ワインを製造する葡萄の品種は、そのすべてが古代ローマの78種のぶどうから枝分かれしたものらしい。

あなたもぜひ古代ローマから受け継がれるワインを堪能してはいかがだろうか。

ちなみに、古代ローマ時代に本格的にブドウ栽培とワイン醸造が広まった属州ガリア(現フランス)のワインは、古代ローマから受け継がれたフランスワイン【オススメワインも紹介】に詳しく書いているので、興味のある方はご覧いただければ幸いだ。

本記事の参考図書

5 COMMENTS

cucciola

名もなき指揮官さま、

cucciolaです。
こちらの記事にリンクしていただき、感謝しております。
とても素晴らしいブログで、私など足元にも及びませんが、これをご縁にツィッターもフォローさせていただきました。
私は最近、ブログではあまり古代ローマを取り上げていないのですが、書籍や雑誌だけはせっせと買いあさっています。昨日は、「古代ローマのスパイのすべて」という雑誌を見つけて買ってしまいました(まだ全く読んでいないのですが)。
指揮官さまに刺激をいただいて、私もまた古代ローマについて読んでみようと思った次第です。
本当にありがとうございました。
これからも更新を楽しみにしています。

返信する
プロフィールアイコン 名もなき司書官

cucciolaさま

当ブログにお越しくださり、誠にありがとうございます!
素晴らしいブログとお褒めくださり、お恥ずかしい限りです。
cucciolaさまのブログ「ルネサンスのセレブたち」の圧倒的記事数に少しでも近づけるよう、日々精進いたします。

ところでご紹介いただいている「古代ローマのスパイのすべて」、とても面白そうですね!
ぜひ読んでみたいのですが、もしよろしければ、どのような出版社からでているか、お教えいただけますでしょうか。
(検索してみたのですが、全く引っかかりませんでした)

ただ、わたくし無学なもので日本語しか読めず。
他言語で書かれたものなら素直に諦めます(笑)

あと、名前間違いはお気になさらず。
私もよくやってしまいますので!

返信する
cucciola

名もなき司書官さま、

ツィッターのフォローをありがとうございます。
私はほかにもライティングの仕事をしておりますので、あまり歴史に関係ないツィートも多く申し訳ございません。

スパイの本なんですが、イタリアで刊行されている雑誌の特集本なのです。
そのため、アマゾンなどでは全く引っかかってこないと思います。

こちらです。
http://www.archeo.it/speciale.html

イタリアでは、中世の歴史に関する雑誌、古代に関する雑誌が数多く刊行されています。
著名な学者さんたちも寄稿しているので、とても興味深い内容が多いです。
読み切れないのに、こういう雑誌や本を見つけると手元に置いておかないと気が住まないタチで、狭い家は本と雑誌であふれかえっています。

返信する
プロフィールアイコン 名もなき司書官

cucciolaさま

スパイの本、リンク先を拝見いたしました。
面白そうですね!
でもイタリア語……。

>イタリアでは、中世の歴史に関する雑誌、古代に関する雑誌が数多く刊行されています。
>著名な学者さんたちも寄稿しているので、とても興味深い内容が多いです。

やはり本場ですよね。生の情報に接することができて羨ましい!
私は日本語に訳されるのを待つことにします。

ともあれ情報をご提供いただき、ありがとうございました(^^)

返信する
cucciola

たびたびすみません。
cucciolaです。
お名前を間違えまして、大変失礼をいたしました。
どうぞお許しください。

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