クレオパトラⅡ ―アントニウスとの恋からパルティア遠征まで―

エジプト最後の女王 クレオパトラ

プトレマイオス朝エジプトの王女として生を受けたクレオパトラ。彼女は18歳で女王となったにも関わらず、王権争いで弟王一派に敗れ亡命を余儀なくされた。

そこに偶然ローマの実力者カエサルがエジプトへやってきた。クレオパトラはカエサルに身を捧げる決意をする。クレオパトラは見事に賭けに勝った。カエサルの愛人になることで庇護を受け、再び女王へと復帰できたのだ。

その後カエサルの子を生んだ彼女は、凱旋式に出席するためローマへと足を運ぶ。ところが滞在中にカエサルが暗殺されたことでクレオパトラの運命は一転。再び波乱の人生を歩むことになるのだった。

クレオパトラ目次

カエサル亡き後のローマ内乱

オクタウィアヌス登場

カエサル亡き後のローマで主導権を握ったのは、前44年の執政官アントニウス。彼はカエサルの暗殺者たちと争う気はなかった。ところが彼らをローマから追い出す事態に直面する。アントニウスの予想もつかないところからライバルが現れたからだ。

そのライバルとはカエサルの遺言に記されていた第一相続人のオクタウィアヌス。後の初代皇帝アウグストゥスである。カエサルのパルティア遠征に随行するため、彼はギリシアのアポロニアに滞在していた。ところがカエサルの死と相続人に指名されたことを知るや、ローマへ駆けつけたのだった。

アウグストゥス
オクタウィアヌス(アウグストゥス)

オクタウィアヌスは暗殺の首謀者たちを許す気はなかった。当時若干18歳だったにも関わらず、カエサルの遺言通り市民たちに財産を寄贈することで人気を得ることに成功。さらに借金をして私兵を編成したのだ。

次第に力をつけるオクタウィアヌスをアントニウスは無視できず、暗殺の首謀者ブルトゥスとカッシウスをローマから遠ざけるしかなかった。

暗殺者たち、東方へ

ブルトゥスとカッシウスは東へと逃れ、独自に兵を集めることにした。ブルトゥスはギリシア、マケドニアで。カッシウスはシリアで。カッシウスがシリアを選んだ理由は、パルティア軍を幾度となく撃退した実績で非常に人気が高かったためだ。

前43年、シリア総督にドラベッラが就任した。ドラベッラはカッシウスを討つために、エジプトに援軍を要請する。クレオパトラとしても後援者を殺害したカッシウスを討つならと、喜んでエジプト駐屯軍を差し向けた。さらに軍団を1つ追加するおまけ付きである。

ところがドラベッラが到着する前にカッシウスがシリア駐在軍をまとめ上げた。大軍に打つ手がないドラベッラは敗れて殺されてしまったのである。さらにクレオパトラが派遣された軍もカッシウスに寝返ってしまった。エジプトは丸裸になってしまったのだった。

クレオパトラの態度

そこにカッシウスが要求を突きつけてきた。現金のほか穀物や軍船の提供を言い渡されたクレオパトラだったが、「不作」を理由に時間稼ぎをする。それならとカッシウスは、エジプトから派遣されているキプロス総督セラピオンに直接指示を出してきた。

クレオパトラは迷った。カッシウスの支配領域はエフェソスまで及んでいる。彼の地にはアルシノエ4世がいた。カッシウスは、いざとなったらエジプトの支配者をクレオパトラからアルシノエにすげ替えることもできるだろう。

前42年、クレオパトラは言われたとおり艦隊を用意した。そして自ら艦隊に乗船して出発する。だが彼女が向かった先はカッシウスのいる場所よりもはるか西。そこには暗殺の首謀者たちの討伐軍を率いるアントニウスとオクタウィアヌスが東へと向かっていたからだった。

フィリッピの戦い

この時アントニウスとオクタウィアヌスは、レピドゥスを加えた『国家再建三人委員会』を結成し、非常大権を手にしていた。当初敵対していたが、利害が一致したため手を組んだのだ。この顛末については、オクタウィアヌスⅡ ―アドリア海渡航からアントニウスとの対面まで―からオクタウィアヌスⅣ ―国家再建三人委員会結成(第2回三頭政治)から、フィリッピの戦いまで―までを参考にしてほしい。

オクタウィアヌス カエサルの遺志を継ぐ青年 オクタウィアヌスⅡ ―アドリア海渡航からアントニウスとの対面まで―

さてレピドゥスをイタリアに残した2人は、ブルトゥスとカッシウスを討つため東へと向かった。クレオパトラはこの2人と合流し戦うつもりだった。しかし悪天候のため用意した船が座礁してしまう。さらにクレオパトラも病――船酔いだった可能性が高い――で倒れ、アレクサンドリアへと帰港するしかなかった。

クレオパトラはなおも三人委員会を助けるため、船の建造に着手する。しかし彼女が駆けつける前に戦争は終わってしまった。フィリッピで行われた戦いは、アントニウスの活躍で三人委員会連合軍が圧倒的な勝利を収めたのである。

ブルトゥスとカッシウスは死亡。国家ローマは3人委員会がそれぞれの担当地域を統治することになった。

クレオパトラ、アントニウスを『手に入れる』

アントニウス、東方世界を担当する

マルクス アントニウス
マルクス アントニウス
Ancient Roman artist of the 1st century AD
(photo taken by Sergey Sosnovskiy),
Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

戦いの勝利に貢献をしたアントニウスは、統治領域を決める交渉でも主導権を握る。彼はローマ世界でも豊かな東方を担当することになった。

豊かだったとはいえ東方世界は内乱で疲弊している。東方にある属州や同盟国を立て直し、ローマとの関係を修復する必要があったのである。

しかし何事にも先立つものがいる。つまり金である。

そこでアントニウスは東方で、最も豊かなクレオパトラの収めるエジプトに目をつける。またエジプトは地中海でも有名な穀倉地帯だった。彼はいずれ行うパルティア遠征に向けて、後方に基地を確保する上でもエジプトが必要だったのだ。

アントニウスはさっそくエジプトの女王クレオパトラを、滞在地タルソス(現トルコ南東部タルスス)に呼び出すことにした。表向きは暗殺者グループに協力した罪を女王に問いただす、という理由だった。

タルソスでの会合

この使者に選ばれたたのが、クィントゥス・デッリウス。彼はアレクサンドリアでクレオパトラに会うや、アントニウスの誘惑を勧めたと言われている。

しかしクレオパトラは言われなくても、アントニウスを籠絡つもりだったはずだ。なぜなら彼は現在のローマ政界でもNo.1の実力者。クレオパトラの権力がローマに依存している以上、ローマの権力者の心を掴んで権力の安定を図るのは当然のことだった。

クレオパトラは、アントニウスから矢継ぎ早に送ってくる書簡を完全に無視。自分のタイミングで姿を表すことに決めていた。

彼女はまず、豪華な遊覧船を建造させた。プルタルコスは船の様子を次のように記している。

(前略)艫(船尾)を黄金で飾った船に乗り、赤い帆を張り銀の櫂を操る漕手は、笙と琴を伴う笛の音に合わせて漕いだ。

プルターク英雄伝 十一 アントニーウス  

おそらく河川専用のクルージング船といったところ。船のパーツ(帆や船尾)やモーター(櫂と漕手)まで金ピカ似たド派手な演出をし、船で焚いていた香の香りは岸辺にまで届いたという。

またクレオパトラ自身の姿も様々な趣向を凝らした。同じくプルタルコスを引用してみよう。

(前略)黄金の刺繍のある天蓋の下に書にあるアフロディーテの女神のように着飾って坐り、書にあるエロスの神の風をした子供に両側から(団扇かなにかで)扇がせていた。それと同じく美人の誉ある侍女がネレイス(海の姫)やカリス(愛嬌の女神)の衣装をつけて、あるものは舵のところに、あるものは帆綱のところに立った。

プルターク英雄伝 十一 アントニーウス  

要は神様のコスプレで神話世界を演出してみせたのである。

豪華遊覧船で川を遡るクレオパトラの絵
豪華遊覧船で川を遡るクレオパトラ
ローレンス・アルマ=タデマ, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

女王の演出は、まず一般市民に効果が表れた。川をのぼる彼女の姿をひと目見ようと群衆が集まったのである。

この時タルソス市内で大集会を開催し、請願を受け付けていたアントニウスだったが、

アフロディーテがやってくる

という噂が広がって皆が見に行ってしまい、アントニウスと従者たちだけが取り残されてしまったのだった。彼は一人になったため女王の船を見に行くことにしたという。

さてアントニウスは、タルソスに到着した女王を晩餐に招待した。ところがクレオパトラはアントニウスの申し出を断った。そして逆に自分がアントニウスを夕食へと招待したのだ。周到に配置された灯火。王宮で培った豪華絢爛な食事。アントニウスはすっかり度肝を抜かれてしまった。

翌日アントニウスは女王に負けてられぬと夕食に招待する。彼も贅を凝らした食事を用意したものの、結局本物の王家の催しには叶わなかった。

クレオパトラは第一印象から意表を突き、食事の豪華な演出で完全にアントニウスの心を掴んでしまった。クレオパトラのプレゼンは完全に成功したのだった。

アルシノエ4世の処刑

アントニウスはクレオパトラとの恋に落ちた。しかしアントニウスは他の女性と何人も相手をしているため、クレオパトラとの恋はその一つでしかなかったかもしれない。

彼らが関係を結ぶことで前41年にはクレオパトラが双子を身ごもることになった。クレオパトラは再びローマの実力者から庇護を受けることが確実になったのである。

とはいえ自分の立場を強化するために、ライバルは一人でも少ないほうがいい。彼女は目下一番の潜在的ライバルになりえた人物、妹のアルシノエが邪魔だった。アルシノエは凱旋式のあと、タルソスのアルテミス神殿に送られていたのをいいことに、妹の処刑をアントニウスに頼む。

アルシノエは前41年、アントニウスの指示で処刑が決まった。クレオパトラは身内のライバルを処分することに成功したのだった。

アレキサンドリアでの関係

その後クレオパトラとアントニウスは舞台をアレクサンドリアに移し、親密な関係を続けた。

クレオパトラとアントニウスは、

真似のできない暮らしをする人々(シュノドス・アミメトビオン)

というサークルをつくり、食事や宴会で桁外れな贅沢をしたという。

またアントニウスは奴隷のような粗末な身なりをして街をぶらつき、庶民と悪ふざけをしていた。もちろんクレオパトラも一緒に。ときには町の人達と喧嘩になることもあった。クレオパトラは横でそれを見ていたようである。

釣り好きのアントニウス

アントニウスは大の釣り好きだった。ところがいいところを見せたいのか、必ず釣れるよう奴隷に水の中で魚を釣り針に引っ掛けさせていた。

このインチキを見破ったクレオパトラは一計を案じる。翌日自分の部下に命じて、アントニウスの釣り針に干し魚を引っ掛けたのである。これを引き揚げたアントニウスに、一同は大笑い。

ところがここで終わらないのがクレオパトラだ。彼女はアントニウスに言った。

「あきらめてください。あなたは魚ではなく、都市や王国、大陸を釣り上げるのだから」

と諭したようである。男心を捉えて離さないエピソードた。

こうしてクレオパトラとアレクサンドリアで6ヶ月ほど過ごす。しかしアントニウスは再びイタリアへと帰らなければならなくなった。彼の身内とオクタウィアヌスが問題を起こしていたのである。

前40年春、アントニウスはエジプトを出発した。クレオパトラがアントニウスと再会するのは、約3年半後のことになる。

イタリア問題の解決

ペルシア戦争

アントニウスとは対照的に、イタリアに戻ったオクタウィアヌスは様々な問題を解決しなければならなかった。特に元ブルトゥス・カッシウス軍を加えたことで膨れ上がった兵たちは大きな課題だった。なぜなら満期を迎えた兵には土地を配らなければならず、オクタウィアヌスとローマ政府に土地を買い上げる費用がなかったからである。

そのためイタリアの各自治体から土地を強制的に奪い取った。もちろん自治体と住民からは不満が募る。加えて没収の役人の態度は酷い。さらに退役兵たちは仕事の遅さに苛立つ、といった有様。

この状態を好機とみた前42年の執政官ルキウス・アントニウスとフルウィア――アントニウスの弟と妻――は、一部の不満分子を集めて兵をあげたのだ。ペルシア戦争(といってもイタリアの都市ペルシアのことで、ローマの敵国ペルシアではない)と呼ばれるこの戦いは、結局オクタウィアヌスが勝利を収めた。

敗れたルキウスは降伏し、スペインの総督に任命されてローマを後にする。もうひとりの首謀者フルウィアはギリシアへと逃れた。

クレオパトラと別れたアントニウスが、久々に妻と会ったもギリシアでのこと。アントニウスは自分が不在のイタリアで騒動を起こした妻に冷たくあたったという。この時すでにフルウィアは病に起こされていた。アントニウスはイタリアに旅立つ。妻はアントニウスと別れた直後に死んだ。

アントニウスとオクタウィアの結婚

アントニウスがイタリアへと赴いた理由。第一はもちろん弟ルキウスと妻の騒動が原因だ。しかしもう一つ原因があった。それはオクタウィアヌスがアントニウスの断りもなく、彼の担当領域だったガリアの軍団を自分の支配下に収めてしまったのである。

アントニウスは200隻の艦隊を率いてブルンディシウムに殺到。近くに上陸して町を包囲する。これを見たオクタウィアヌスはさらにアントニウスを包囲。一触即発の事態となるが、内乱に嫌気が指していた兵士たちが戦いを拒否したことで危機を免れた。

アントニウスとオクタウィアヌスは和解し、新たな統治領域が設定された。

  • アントニウス・・・引き続き東方担当
  • オクタウィアヌス・・・ガリア・ヒスパニア担当
  • レピドゥス・・・アフリカ担当

またイタリアは共同統治とされた。この時ほぼ完全にレピドゥスは無視され、実質アントニウスとオクタウィアヌスが帝国を二分することになったのだ。

和解の印として、アントニウスはオクタウィアヌスの姉オクタウィアを妻に迎える。オクタウィアは夫を立て、不在時の家を懸命に守るローマ女性の理想を体現した女性だった。アントニウスも彼女を愛した。彼らは実質三年半の夫婦生活の間に、二人の娘をもうけることになった。

セクストゥス・ポンペイウス

セクストゥス・ポンペイウスの肖像コイン
セクストゥス・ポンペイウスの肖像コイン

ところでオクタウィアヌスが抱えていたもう一つの大きな問題が、セクストゥス・ポンペイウスの存在である。

セクストゥス・ポンペイウス

アレクサンドリアで殺されたポンペイウス・マグヌスの遺児。

カエサルのヒスパニア遠征で生き残った彼は、艦隊を編成して再びローマに反抗。この時シチリア・サルディニア・コルシカ三島を支配下に収めていた。

強力な艦隊を率いるセクストゥスに食糧供給を断たれたことで、イタリアでの穀物価格は高騰し、市民は暴動を起こしていた。セクストゥスの問題は危急の課題だった。

しかしアントニウスもオクタウィアヌスも、現段階では艦隊戦でセクストゥスに勝てる見込みがなかった。そこで二人はひとまずセクストゥスと和解する。

ミセヌム(ナポリ近郊)で行われた会談により、セクストゥスはシチリア・コルシカ・サルディニア三島に加えて、ペロポネソスの総督に任命された。彼は反逆者からようやくローマ市民として生活できるようになったのである。代わりにセクストゥスはイタリアへの包囲網を解く。ローマの内乱はようやく収まるかに見えた。

パルティアのシリア侵攻

アントニウスはセクストゥスとの和解を成立させた後、妻オクタウィアを伴ってギリシアへと向かった。この当時、妻を自分の任地へと連れて行くこと自体が珍しかった。このことからオクタウィアとの結婚はアントニウスにとって見せかけでなく、本気で妻を愛していた証拠と言えるだろう。

さて、彼がイタリアやギリシアで仕事をしている間、東方では再び隣国パルティアの動きが活発になってくる。しかし原因はローマ人にあった。パルティアへと亡命していたラビエヌスの息子が、パルティア王子とともにローマへと侵攻してきたのである。

ちなみにラビエヌスはポンペイウスとともにカエサルと戦った後、その遺児たちを助け死ぬまでカエサルに抵抗した人物。詳しくはティトゥス・ラビエヌス ―盟友カエサルの元を去り、一人でルビコン川を渡った不器用な武将―を見ていただきたい。

カエサルの盟友 ティトゥス・ラビエヌス ティトゥス・ラビエヌス ―盟友カエサルの元を去り、一人でルビコン川を渡った不器用な武将―

この事態に対処するため、アントニウスは部下のウェンティディウス・バッススを派遣する。彼は非常に優秀な将軍だった。まず侵攻してきたラビエヌスをアシア(現トルコ)属州から追い出した後、パルティアの王子が率いる敵軍を破ったのだ。

この時アントニウスは再び敵対したセクストゥスに対処するため、オクタウィアヌスへ軍船や兵を提供していた。ウェンティディウスの活躍はありがたかったに違いない。

オクタウィアヌスへの協力

東方でパルティア問題を解決していたころ、西方では再びオクタウィアヌスとセクストゥスが対立する。オクタウィアヌスはセクストゥスに勝てる見込みがあったのか対決に踏み切った。ところが2度の海戦に2度とも負けてしまう。彼はまだ、セクストゥスに対抗できる海軍がなかったのである。

オクタウィアヌスは海軍不足を解消するため、アントニウスに協力を要請。タレントゥムの会談でアントニウスは義弟への協力を約束し、軍船120隻を提供した。もちろん実現にはオクタウィアの口添えも大きかったことだろう。

これでオクタウィアヌスはセクストゥスと対決できる軍事的な資源を手にすることができた。一方アントニウスはイタリアをオクタウィアヌスに任せ、いよいよパルティアへと向かうことに決める。

パルティア遠征

クレオパトラ、アントニウスと再開する

前37年、東方へと向かうアントニウスにオクタウィアは同行した。しかしすぐにイタリアへと引き返してしまう。身重だった彼女では、アントニウスに着いていくことはできなかっただろう。結局これがアントニウスとオクタウィアの今生の別れとなる。

アントニウスは前37年の冬、シリア属州のアンティオキア(現トルコのアンタキヤ)に入った。そしてクレオパトラを呼び寄せる。もちろん建前はエジプトの富をパルティア遠征に提供させるためだ。エジプトの穀物と資金があって、始めてパルティアの侵攻が可能になる。

そのため、アントニウスはクレオパトラの支配領域を分け与えている。

  • キプロス島
  • クレタ島
  • キュレナイカ(エジプトの西隣の土地)の東部分

また、ヘロデの支配するユダヤ王国の一部、アラビアにあるナバテア王国の一部もクレオパトラに与えられた。ユダヤの土地からはナツメヤシと香の原料として名高いバルサムの木が取れる。ナバテアから奪った土地からは造船に使う瀝青(天然アスファルト)が手に入った。実質的な支配はヘロデとナバテアにあったが、両者はクレオパトラに高い賃料を払わなければならなくなったのだった。

なぜアントニウスはここまでクレオパトラを優遇したのか。もちろん私的な情も確かにあった。しかしアントニウスは、クレオパトラを仲介して彼女の支配領域から間接的に自分の懐へと流れる資金を欲したのである。

とはいえやはり彼らは恋人同士だった。久しぶりに再会したことで、お互い燃え上がるものがあったのだろう。彼女は再会後まもなく、アントニウスの子供を妊娠した。

パルティア侵攻

前37年から前36年の冬を過ごした後、アントニウスはいよいよパルティアへの侵攻を開始した。ところでアントニウスはなぜパルティアを攻めることにこだわったのか。

それは次の2点にあった。

  • 前53年にローマ軍がパルティアに大敗した汚名の返上。暗殺されたカエサルもパルティア遠征の計画を立てていた
  • オクタウィアヌスの出し抜くための名声確保。内乱の勝利より外敵の討伐がローマ軍人の本懐なのである

パルティア侵攻軍は同盟軍合わせて10万とも16個軍団を編成したとも言われている。またこの軍は騎兵の多さも特徴だった。その数1万騎。パルティア騎兵の機動力は噂に名高かったので、それに対抗したのだろう。さらに彼は都市を攻略するための攻城兵器まで運んだのだった。

アントニウスは前53年の失敗の教訓から、砂漠を突っ切って最短ルートで敵本拠地まで到達するルートは避けた。代わりに北回りで同盟国アルメニアを通ったあと、パルティアの同盟国メディアの首都を陥落させてから、ユーフラテス川を下ってパルティアを攻める作戦を立てる。

ところが大軍を支える補給物資や攻城兵器の運搬に遅れが出た。アントニウスはこれらを残して兵たちだけでメディアの首都フラアタへと進軍したのである。おそらくこの大軍におじけづいた守備兵たちが簡単に降伏すると見込んでのこと。

ところがメディアに集結していたパルティア軍は、アントニウスの動きを察知していた。守備兵は降伏どころか頑強に抵抗した。そしてローマ軍がフラアタ攻略に取り掛かったスキを突き、パルティア軍はアントニウスの輸送隊を襲ったのである。

撤退

パルティア軍に襲われた輸送隊は全滅した。攻城兵器や補給物資はすべて焼かれるか奪われてしまう。

アントニウスは自分の考えが甘かったことに気づかされた。彼は守備兵を打ち破れないことを悟ると、アルメニアへ撤退することを決意したのである。

とはいえ敵もタダで撤退させてくれるわけではなかった。断続的に続く敵の追撃により、アントニウスはアルメニアまで撤退した時点で歩兵2万、騎兵4,000を失ってしまった。さらにアルメニアの裏切りにあったことで、ここからシリア属州まで冬の行軍をしなければならなくなった。この行軍で病や疲労のため、さらに8,000の兵士たちが命を落とした。

このようにアントニウスのパルティア遠征は、判断の甘さが目立つ。しかし私はあえてアントニウスが恥を忍び撤退を決意したことを称賛したい。人間とは自分の過ちを認めたくないものだ。そのため頭のどこかで負けを認めていても、損失を恐れて突っ走ってしまう。

確かにアントニウスは従軍した約半数の兵士たちを失ってしまった。しかし彼は半数の兵士たちとともに生き残っただ。前53年の戦いでは司令官自身が死に、極わずかな兵士たちしか生き延びていない。そのことを考えるのであれば、アントニウスはよく間違いを認めたと言えるのではないか。

クレオパトラ、アントニウスを慰める

しかしローマ人にとって敗退は不名誉であり、失敗は失敗だった。パルティア遠征での敗北は、アントニウスの運命を決定的に変えてしまった。彼は自信を失い、もともと多かった飲酒量がさらに増えた。

アントニウスは一刻も早くクレオパトラに会いたかった。そこで彼はベリュトス(現ベイルート)とシドンの間に位置する小さな村、レウケ・コーメーと待ち合わせて再会することにした。

しかしクレオパトラはなかなか姿を現さない。実はクレオパトラはアントニウスを焦らしたわけではなかった。彼女は子供の出産により体力が低下していた。さらにアントニウスに要求された兵士たちに与える物資&金の準備に時間がかかっていたのだ。

結局必要な物資が整わないまま、クレオパトラはアントニウスと会った。クレオパトラに会ったことでいくらか自信を取り戻したのだろう。アントニウスは不足分の資金を自分のポケットマネーから出して兵士たちに報酬を手渡した。そして現実から目をそむけるように、そのままアレクサンドリアへと向かったのだった。

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プッロ(左)とヴォレヌス(右)の映像

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本記事の参考図書

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