アウグストゥスⅢ ―帝国運営の効率化と信頼性の向上―

アウグストゥス ローマを帝政に導いた初代皇帝

共和政末期、これまで維持してきた国政では、拡大したローマの運営に様々な歪みが生じていた。
また内乱期に混乱した体制を、早急に立て直す必要があった。

アウグストゥスは共和政への再帰を掲げながら、この帝国運営に対してメスを入れ、改革に着手したのである。

ではアウグストゥスは、ローマ帝国の運営をどのように見直したのだろうか。
この記事ではローマ帝国の国家運営や行政について、アウグストゥスが行ったことを見ていくことにしよう。

元老院対策

これまでローマの政治を取り仕切っていたのは、元老院とその議員たちだった。
アウグストゥスは、基本的に元老院が政治を指導する方針を変えていない。
ただし、 共和政末期の硬化していた体制を見直し、内乱期に失墜した権威を回復させる必要があった。

元老院議員の整理

共和政中期までは300人だった元老院議員の定数は、共和政末期、スッラの改革によって600人にまで増員された。
さらにカエサルが自分の派閥を強化するために900人にまで拡大し、内乱が終わるころには、1,000を超える議員がいたのである。

アウグストゥスは、前28年に監察官職権(戸口調査やローマ市民と元老院の風紀を監視する権限)を手に入れると、元老院の人数を800人に減らし、最終的には600人にまで削減した

ではなぜ元老院議員を減らしたのか。
カエサルは元老院議員を増やすことで、元老院そのものを機能不全に陥らせ、最高指導者である自分の意思のみでローマの政治を担おうとした。
しかしこの過激なやり方は元老院の反発を招き、カエサルの身を滅ぼす(暗殺される)結果を招いてしまう。

アウグストゥスは、この反省を踏まえ、元老院とは(見せかけだけにせよ)あくまで協調する姿勢を見せる必要があった。
また内乱で乱発した元老院議員の議席数増加では、元老院議員にふさわしくない、いわゆる「素行の悪い」ものたちも混ざっていたのである。

つまり、

  • 元老院との協力姿勢を見せるために元老院の機能を復活させ
  • 素行の悪いものを追い出し、元老院議員にふさわしいものだけを残す

ために、アウグストゥスは議員たちに厳しい審査を設けて、元老院の議席数を減らしたのだ。

元老院議員身分の確立

さらにアウグストゥスは、元老院議員になれる資格がある身分、元老院議員身分を次のように規定した。

  • 100万セステルティウスの財産を持つもの(もともとは40万セステルティウス)
  • 元老院議員資格を持つものの、男系卑属(男側の直系子孫)3等身(子どもと孫)とその妻も元老院議員身分を名乗れる

また元老院議員身分に対しては、下記のような決まりも設けた。

  • 元老院議員身分の男性は、社会的下層の女性(解放奴隷の女性や、役者とその娘など)との結婚の禁止
  • 公職は元老院議員身分のみ立候補可能(共和政では誰でも立候補可能)

アウグストゥスは、元老院議員たちにローマ帝国の運営を担う役割を期待した。
しかし皇帝というローマ権力の頂点ができたために、権力を握るウマミも減り、議員資格があるにも関わらず、政治に参加しようとしないものも多かったのだ。

しかし皇帝というローマ権力の頂点ができたために、権力を握るウマミも減り、議員資格があるにも関わらず、政治に参加しようとしないものも多かったのだ。

そのためアウグストゥスは身分の扱いに差を設け、権威を復活させ、議員たちのやる気を引き出そうとしたのである。

元老院議員の出世コース

アウグストゥスは、元老院議員身分のものに、出世コースを用意した。
といっても、もともと「名誉のキャリア(クルスス・ホノルム)」と呼ばれる公職者の出世コースは共和政の時代にもあったのだが、アウグストゥスはこれを整備する(定着するのはウェスパシアヌス帝以降)。

この出世コースは下記のようなものだった。

二十人委員への就任

初期の公職。
次の4種類のうちの1つに就任した。

  • 造幣三人委員:貨幣を作る造幣局の仕事。パトリキなどの名門貴族が就任
  • 道路管理四人委員:道路の管理、整備に関わる仕事。それなりの出自のものが就任。
  • 訴訟裁定のための十人委員:奴隷・自由民の地位に関する問題に関わる裁判の判事。それなりの出自のものが就任。
  • 死罪三人委員:監獄や死刑に関わる仕事。新興の家や家柄が良くない者が就任。
財務官就任

正規軍団の見習い将校を経験した後に就任した。

護民官や造営官に就任

パトリキ(名門貴族)は、護民官に就任せず、直接造営官に就任した。

法務官に立候補、就任

1年就任の定員12名。

正規軍の司令官、(小規模な)属州総督就任
執政官へ立候補、就任

1年ごとに入れ替わる。
定員は2名だが、年に何回か交代することもあった。

主な属州総督(大規模な軍団がいるところなど)や、ローマの高官へ就任

なお、財務官や護民官、造営官、法務官、執政官などの政務官の役割については、政務官 ―共和政の行政を支えた古代ローマの官職―に紹介しているので、参考にしていただくといいだろう。
ただし帝政期では、政務官の役割や仕事内容について、すこし変わるので注意いただければと思う。

政治も軍事も担当した古代ローマの政務官 政務官 ―共和政の行政を支えた古代ローマの官職―

アウグストゥスは、元老院議員の出世コースを用意することで、ローマ帝国の運営に関わる人材を安定的に供給できるようにしたのである。

帝国運営の効率化

元老院議員の定数を600人に減らしても、共和政末期からの課題だった、帝国運営のための意思決定の速さが解決されたわけではなかった。
では、アウグストゥスはこの課題をどのように解決したのだろうか。

元首顧問会(アミキ・カエサリス)の設置

アウグストゥスは、政治方針を事前に話し合い、皇帝の意思を元老院に伝えるための機関を用意した。
それが元首顧問会(アミキ・カエサリス)である。

元首顧問会は、当初アウグストゥスの親しい友人たちとの、プライベートな相談の場だった。
だが時が経つにつれ、一部の元老院議員や法律の専門家などが加わり、司法や行政の意思決定をサポートするようになっていく。

元老院委員会の設置

元老院の中にも専門の部署(委員会)が設置された。
例えば次のようなものだ。

  • 道路管理官(クラトレス・ウィアルム):道路を良好な状態に保つ委員会
  • 共有地管理官(クラトレス・ロコルム・プブリコルム):公共建造物や神殿の整備担当

この機関は、直接建設に携わったのではなく、現地の建設業者などを通じておこなった。
現代日本でいえば、国土交通省のようなもの、と考えられるだろう。

騎士階級の活用

元老院議員身分を「100万セステルティウス以上の財産があるもの」と規定したことにより、それ以下の財産で40万セステルティウス以上の財産があるものは、騎士階級とされた。

アウグストゥスは、この騎士階級層も帝国の運営に活用するため、彼らにも行政への門戸を開く。

騎士階級の出世コース

では騎士階級の人間が、どのように行政を担うようになったのか、出世コースの例を見てみよう。

中堅の将校として軍務に就く

大隊長クラスの将校として軍務に就き、実績を積む。
勲章を得るなど大きな実績を残したものは、文官としてのポストへ。

皇帝属吏や、小規模の属州総督として赴任する

皇帝属吏として財務を担当したり、軍団のない属州での行政経験を積む。

艦隊司令官や消防長官の地位につく

艦隊司令官とは、地中海の警護をする海軍司令官のポスト。
この時代、ローマは地中海全域を支配していたため、海賊などからの警護が主な仕事だった。

穀物長官やエジプト長官、近衛隊長につく

騎士階級の最高職である各種の長官は、下手な元老院議員よりも政治的な影響力が高い。
特にエジプト長官は、重要な属州の実質的な最高責任者だった。

このように、元老院議員身分だけでなく、騎士階級のものたちもローマの行政を支える重要な役割を担うことなっていく。
彼らの働き次第では、元老院議員身分になることも可能だった。

帝政ローマの身分制度とは、固定化されたものではなく、入れ替わりのある流動的なものだったのである。

元首私邸の奴隷や解放奴隷たちの活用

アウグストゥスは、皇帝個人に仕えている奴隷や解放奴隷を組織化して、帝国の運営に必要な事務処理や、行政に必要な仕事を行った
現代日本で言えば、官僚のような組織を、皇帝の私邸に持っていた、と考えてもいいだろう。
といっても、共和政時の執政官など高位公職者が、もともと行っていた方法を受け継いだにすぎないのだが。

彼らが行っていた仕事は、徐々に次のような部局に分かれていった。

  • 通信(皇帝と属州などの遠方の情報伝達)
  • 嘆願(皇帝へ願いを聞き届ける)
  • 外交問題(外国との交渉)
  • 法律問題(立法や司法)
  • 文書(記録など)
  • 会計(皇帝の私的な財産を管理)

アウグストゥス個人としても、元老院のように気を使わなくてすむために頼みやすく、また皇帝の任務を内密に行なえるというメリットもあったのである。

首都ローマ対策

アウグストゥスは、首都ローマにも様々なことを取り入れた。

消防隊の創設

狭い地域に多くの人がひしめき合う首都ローマでは、しばしば火災が発生した。
そこでアウグストゥスは、当時の按察官エグナティウス・ルフスの発案したアイデアをもとに、常設の消防隊を創設したのである。

消防隊は当初、600人の奴隷を集めた集団で編成されていたが、後に7つの大隊に拡大され、14の区に別れたローマを1大隊が2区ずつ受け持つようになった。

首都警護隊の創設

またアウグストゥスは、首都ローマに治安維持のための組織である首都警護隊(コホルテス・ウルバナエ)を設置
この組織は3つの隊からなり、ローマ市長官を頂点として首都ローマの警察任務を行った。

穀物長官の設置

首都ローマの人口が増加したことや、イタリアの農地が小麦から高級作物への転換をしたことで、ローマ市民への食料の安定供給は、暴動を防ぐためにも必要不可欠なことだった。

アウグストゥスは、食料問題を担当する穀物長官のポストを新設し、下記の仕事に当たらせた。

  • 小麦など作物主要生産地に出張所を置き、管理する
  • 輸送ルートの確保
  • 食料輸送のための港湾整備
  • 食料備蓄の倉庫建設
  • 専門業者(商人)への指導

アウグストゥスの治世41年の間に、飢饉は6~7回程度起こったと言われている。
そのたびに起こるかもしれない市民たちの暴動を恐れいていたのだろう。

アウグストゥスの食料対策については、アウグストゥスⅥ ―ローマ市民たちへの配慮―の記事でも書いているので、参考にしていただくといいだろう。

法廷の新設と「カエサルへの上訴」

共和政では、裁判を行う法廷は国家法廷(ユディキア・プブリカ)と呼ばれており、法務官が統括していた。

アウグストゥスはこの国家法廷を残したまま、反逆罪や政治的に重要な裁判を行う、次の2つの法廷を新設している。

  • 元老院法廷
  • プリンケプス法廷

また共和政では、有罪の判決が下ったローマ市民は 民会への上訴を行うことができた。
しかしアウグストゥスには、命令権を使って死罪を破棄する権限が与えられていたため、民会への上訴は、アウグストゥスへ行う上訴、つまりカエサル(皇帝)への上訴へと移っていったのである。

また市民の数と領土が拡大したため、全てをローマの法廷で裁定することは事実上不可能になった。
そこで各属州の総督にも、裁判の裁定機能を果たす権限が与えられている。

その他の対策

イタリアを11の区画に分割

400程度あるイタリアの町や市の行政は、各地方に任せる自治制を採用していた。
アウグストゥスは、この地方行政の方針は変えていない。
ただし、市民の戸口調査と公有地の登録のために、イタリアを11の区画に分割し、管理するようにした。

道路網の拡張と駅伝の設置

広大なローマ帝国を治めるためには、皇帝のもとに素早く情報が入る仕組みが必要であり、なおかつ皇帝の指示をいち早く届けなければならない

アウグストゥスは、この情報伝達の重要性を認識していた。
そこで彼は次の2つのことを行った。

  • 道路網の拡張
  • 駅伝の設置

道路網の拡張

アウグストゥス統治以前から、軍隊派遣のための幹線道路はつくられ、植民市や重要拠点をつなぐネットワークを形成していた。
アウグストゥスは、さらにイタリアの道路網を整備・拡張するため、元老院たちを説得して投資させるようにし、また自らのポケットマネーを使って道路建設につぎ込んでいる。

駅伝の設置

また情報伝達を素早くおこなうため、公職者や公の郵便を担う役人が、宿泊や車(この時代は二輪や四輪の馬車)を修理したりできる中継地点を設置した。
中継地点は現地の人がサービスを提供するようになっていて、ここを利用する役人たちは、一定の料金を支払ってサービスを受けた。

駅伝の制度が発達すると、アウグストゥスは専門の官職である「車両長官(プラエフェクトゥス・ウエヒクロルム)」を創設する。
この官職にはベテランの軍人が任命されるようになる。

属州の統治

共和政下では、属州を任される属州総督は一人であり、総督の差配によって属州の行政に大きな差が出ていた。
また属州総督は、しばしば税金の徴収を請け負った民間の業者、徴税請負人たちと結託し、現地民から税を搾取することが問題になっていた。

アウグストゥスは、彼が属州総督を任命できる皇帝属州では、属州総督とともに財政を担当する皇帝属吏を任命した
これにより、属州総督と皇帝属吏が互いを監視し、不正を防ぐようににしたのである。

属州視察

またアウグストゥスは、彼の右腕であり、共同統治者といってもいい関係であるアグリッパとともに、帝国中の属州を視察している。

アウグストゥス

  • 前27年~前24年:ガリア・ヒスパニア
  • 前22年~前19年:ギリシア・アシア
  • 前16年~前13年:ガリア

アグリッパ

  • 前23年~前21年:東方
  • 前20年~前19年:ガリア・ヒスパニア
  • 前16年~前13年:東方

この視察の目的は、征服して間もない属州の動向をさぐるとともに、戸口調査をおこなって税収を把握をし、税の負担が公平化を評価するものだった。
このおかげで属州の徴税は、以前よりも(若干ではあるが)公平なものになったようである。

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