模擬海戦(ナウマキア)―カエサルやアウグストゥスも開催した超巨大イベント―

ローマの超巨大イベント模擬海戦(ナウマキア)

あなたは古代ローマで行われた模擬海戦をご存知だろうか。

模擬海戦はナウマキア(naumachia)とも呼ばれ、ギリシャ語で『海戦』を意味する。
しかし実際の海戦とは違い、ローマの人々を楽しませるために行われた、いわば疑似海戦である。
時にはコロッセオに水を張り、模擬海戦が行われたこともあるという。

ではこの模擬海戦、実際はどのようなものだったのだろうか。
この記事では、ナウマキアと呼ばれた模擬海戦について、次のことを書いていく。

  • 模擬海戦(ナウマキア)とはなにか
  • 模擬海戦(ナウマキア)はなんのために行われたのか
  • 模擬海戦(ナウマキア)が行われた場所
  • 模擬海戦(ナウマキア)で行われた戦い
  • 記録に残る模擬海戦(ナウマキア)

模擬海戦について、あなたが知るきっかけになれば幸いだ。

※メインイメージはPoniol60 [Public domain], ウィキメディア・コモンズより

古代ローマの模擬海戦(ナウマキア)とは

冒頭でも書いたとおり、模擬海戦(ナウマキア)は実際の海戦とは違い、海戦の様子を観客に見せるために行われた疑似的な戦いである。
それゆえ実戦よりも規模は小さいが、本物の船を使い、また漕手や兵士も船に乗り込むため、迫力はあっただろう。

また、模擬海戦ではしばしば過去の戦を再現するために行われた。
初代皇帝アウグストゥスは、かの有名なサラミスの戦いを題材にした模擬海戦を行っている。

映画やテレビのない古代ローマ時代において、この模擬海戦はCGを使わないライブパフォーマンスの側面があったのではないだろうか。

模擬海戦(ナウマキア)はなんのために行われた?

ではこの模擬海戦、いったいなんのために行われたのだろうか。

目的は2つあった。

  1. 民衆への娯楽提供で人気を集め、公職選挙の票を得るため
  2. 罪人を有効活用するため

民衆への娯楽提供で人気を集め、公職選挙の票を得る

政務官、ことさら上級の政務官に当選するためには、票を集めるために民衆の人気を得る必要があった。
そこで剣闘士の試合と同じく、一大スペクタクルイベントである模擬海戦を催した。

この模擬海戦を最初に開催したのは、カエサルである。
民衆の指示を集めるためとはいえ、莫大な費用をかけてイベントを仕掛けるあたり、生粋のエンターテイナーぷりが伺える。

罪人を有効活用するため

模擬海戦の漕手や兵士として船に乗り込んでいたのは、たいてい重罪人だった。
模擬海戦には、これら囚人の公開処刑という側面もあった。
実際、模擬海戦に参加したものは、ほとんどが命を落としたという。

せっかく処刑するのであれば、ローマ市民を楽しませるために使ってもいいのではないか。
主催者がそう考えても不思議ではないだろう。

ティトゥス帝の頃には、囚人を海戦に駆り立てたため、牢屋が空になったらしい。

模擬海戦(ナウマキア)が行われた場所

船を何隻も浮かべるには、それなりに広い場所を確保する必要がある。
模擬海戦は、次の場所で行われた。

コロッセオ

コロッセオで行われた模擬海戦
Kuhn [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で

コロッセオはもともと剣闘士の試合が行われる場所だが、なんとこの中央部(アレーナ)に水を引き込み、海戦を行うプールとして使用した
ただし、海戦の規模は小さかったようだ。

コロッセオでどのように海戦が行われたかは、この動画が非常にわかりやすいので、ご覧いただきたい。
(解説はイタリア語で、私には意味がわからなかったが、映像だけでも十分楽しめるはずだ)

ROME Naumachie au Colisée

人工池

コロッセオは比較的あたらしい建物だったので、コロッセオ建設前は模擬海戦用に造った人工池で開催されることが多かった。

実際カエサルも、セルウィウス城壁とティベリス川に挟まれたマルスの野に人工池を造っているし、初代皇帝アウグストゥスは550m✕370mの巨大な人工池を建設している。

さらに大規模な模擬海戦には湖が使用された。
クラウディウス帝時代には、ローマの東96.5kmにあるフキヌス湖を使用して、100隻もの船を使用した模擬海戦が行われている。

この模擬海戦を見に来るために、約50万人の観客がフキヌス湖を訪れたと言われている。

ナウマキアの影で男女の密会?

模擬海戦の会場は、今日でいうところの花火会場のようなものだ。
そこには出店で物を売る商人や、会場中をまわって売り歩く売り子もいた。

さらにこの騒ぎでこっそり戯れるカップルもいたらしい。
また、客引きの娼婦もいて、ほろ酔いの観客をこっそり娼館まで案内したことだろう。

お祭り騒ぎで盛り上がるのは、今も昔も変わらない。

模擬海戦(ナウマキア)で行われた戦い

では模擬海戦ではどのような戦いが行われていたのだろうか。

前述したように、模擬海戦には罪人や奴隷、剣闘士が船の漕手や戦士として戦い、そのほとんどが命を落とした。
しかし戦いである以上、どちらかが勝ち、そして負ける。
そして勝った以上生き残ることができるのではないだろうか。

ここからは私の想像でしかなく、資料的な裏付けはなにもないことを書くので、あなたの心に留めておくだけにしていただきたい。

まず、模擬海戦が有名な戦いを擬似的に再現していることは、すでに述べた。
であれば、勝者と敗者は戦う前から決まっている、ということになる。

そこで私は推測したのだ。
負ける側に必ず死ぬものを配置すればいいのではないか、と。
つまり、重罪人を敗者側に置き、奴隷や剣闘士、比較的軽い罪で捕まった者を勝者側とする。
そして、敗者側にはろくな装備を与えず、勝者側の絶対的な有利を確保する。

このように準備することで、敗者側は負けるべくして負け、勝者側は勝利を手にする。
古の戦いをライブで再現できることになるのではないか、と。

もちろん模擬海戦すべてがこのような形だけではなく、双方互角の戦いを演出することもあっただろう。
また、演出どおりに再現しない保険として、ローマ軍を会場に配置することもあった。

実際クラウディウス帝は模擬海戦の舞台となる湖に、イカダを浮かべてローマ兵士を配備していたらしい。

記録に残る模擬海戦(ナウマキア)

ここでは史書に残っている模擬海戦を、主催した人物別に紹介しよう。

ユリウス・カエサル

時期前46年
開催会場マルスの野に造設した人工池
船の数ガレー船16隻
動員数4,000人の漕ぎ手と2,000で海戦

古代ローマ初の模擬海戦(ナウマキア)は、カエサルによって催された。
カエサルは、テュロス人とエジプト人の戦いを再現したと言われている。

カエサルはこの戦いのために人工池を造設し、囚人を使って死ぬまで戦い続けさせた。
この模擬海戦は大変な人気があり、観覧のために野宿するものや、観客同士の押し合いで死者が出たらしい。

なお、剣闘試合など、他の娯楽についてもプロデュースをしたカエサルの生涯を、ユリウス・カエサル ―ローマ帝国の礎を築いた男―にまとめているので、興味があればご一読いただきたい。

ローマ帝国の礎を築いた男 ユリウス・カエサル ユリウス・カエサル ―ローマ帝国の礎を築いた男―

アウグストゥス帝

時期前2年
開催会場カエサル庭園の人工池
船の数30隻
動員数不明

カエサル亡きあとに模擬海戦を行ったのは、初代皇帝のアウグストゥスである。
アウグストゥスは、義父カエサルの復讐を果たした記念に建てた神殿、マルス・ウルトルへの奉納行事として、模擬海戦を行った。

アウグストゥスの行った海戦は、ペルシアとアテナイの戦いを再現したものだった。
彼はこのために、長径550m、短径370mの巨大な楕円形の人工池を作り、船30隻を浮かべて戦わせたという。
動員した人数は不明だが、カエサルが16隻だったので、ほぼ倍の規模だったと想像できる。

クラウディウス帝

時期52年
開催会場フキヌス湖
船の数100隻
動員数19,000人

クラウディウス帝が行った、ロードス軍とシシリア軍が戦う様子を再現する模擬海戦は、これまでと桁違いの規模だった。
フキヌス湖の周りには、約50万人もの人が押し寄せたという。

また、この模擬海戦のはじめに、乗組員たちが皇帝に対して次のような敬礼を言った。

「皇帝陛下、死にゆく者たちからの挨拶です」

するとクラウディウス帝は次のように返してしまった。

「そうはならないかもしれぬ!」

この返答のせいで罪を許されると勘違いした乗組員たちは、まともに戦おうとしなかった。
そのため慌てたクラウディウス帝は、彼らをなだめてなんとか戦わせようとした、というエピソードが残っている。

ネロ帝

時期57年
開催会場木造の円形闘技場(タウロス円戯場?)
船の数不明
動員数不明

暴君として有名なネロ帝も、見世物として模擬海戦を行ったようだ。
当時コロッセオはなく、木造の円形闘技場(おそらくタウロス円戯場)に水を張って催したという。

この模擬海戦では、船だけでなくアザラシやカバなどの海獣を水に放って開催された。
しかし闘技場から水がもれてしまい、結局闘技場から水がなくなってしまったらしい。

この模擬海戦の結末は、よくわかっていない。

ティトゥス帝

時期80年
開催会場フラウィウス円形闘技場(コロッセオ)
船の数不明
動員数3,000人

ティトゥス帝は、落成したコロッセオを記念して、剣闘試合を3日間開催した。
その3日目、コロッセオに水を張って模擬海戦が行われた。

この模擬海戦は、ペルシアとギリシアが戦った、サラミスの海戦を再現したものだった。

時期80~82年の間
開催会場フラウィウス円形闘技場(コロッセオ)
船の数不明
動員数不明

同じくティトゥス帝開催の模擬海戦。
こちらはコロッセオではなく、人工池でコリントスとケルキラの海戦を再現したようだ。

ドミティアヌス帝

時期86年
開催会場フラウィウス円形闘技場(コロッセオ)
船の数不明
動員数不明

紀元後86年に開催された模擬海戦は、暴風雨の中コロッセオで開催されたらしい。
そのため、戦っているものだけでなく、観客にまで死者が出たという。

今回のまとめ

模擬海戦(ナウマキア)について、もう一度おさらいしよう。

  • 模擬海戦は、古の海戦を観客の前で再現する超巨大イベントだった
  • 模擬海戦を開催することで、主催者は民衆の人気を集めることができた
  • 模擬海戦の兵士には、罪人や剣闘士が使われ、死ぬまで戦わされた
  • 模擬海戦には人工池や湖の他に、コロッセオなどの円形闘技場へ水を張って行われた

何十年かに一度開催される模擬海戦では、ローマ市民はさぞかし盛り上がったことだろう。

ただしそれは、人の血が大量に流れる残酷極まりない見世物だった。

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