コロッセオ ―意外な歴史やエレベーターまで存在した円形闘技場の構造について―

古代ローマ市民が熱狂したコロッセオ

コロッセオ。
ローマ旅行のパンフレットに必ず外観が掲載されているので、あなたも一度は目にしたことがあるだろう。

最近では有名な組み立て玩具のレゴから、歴代のパーツ数最大を誇るシリーズとして登場したことが話題となっている。

古代ローマの建造物として1、2を争う有名な建物だが、実はカエサルやネロが生きている時は存在しなかったのだ。

ではこのコロッセオ、

  • いつ、
  • 何の目的で、
  • どのような構造で、
  • 闘技場で何が催されていたか

をあなたはご存知だろうか。

そこで、新婚旅行にまでイタリアを選んだ古代ローマ好きの私が、コロッセオについて説明したいと思う。
あなたの知識に新たな発見があれば幸いだ。

コロッセオは何をする場所?

コロッセオでは何が行われていたのだろうか。それはずばり、剣闘士たちの試合(闘技会)である。

剣闘士とは、簡単にいえば見世物のために、闘技会で戦うために訓練された人間のことだ。戦争の捕虜などで奴隷となったものが、主に剣奴として鍛えられた。

映画グラディエーターを見たことがある方ならご存知だと思うが、彼らは本物の武器を手に、文字通り命をかけて戦ったのである。

剣闘士については、剣闘士― 民衆を熱狂させた古代ローマ帝国のグラディエーターたち―で詳しく説明しているので、ご一読いただくといいだろう。

パンとサーカスで有名な古代ローマの剣闘士 剣闘士― 民衆を熱狂させた古代ローマ帝国のグラディエーターたち―

コロッセオができるまでの歴史

では、首都ローマにコロッセオができたのはいつだろうか。
ここでは、剣闘士試合の成り立ちと、コロッセオができるまでの歴史を簡単に振り返ろう。

前264年
牛の広場でローマ初の剣闘士競技会が開催される

ブルトゥス家のマルクスとデキムスによって行われたローマ初の剣闘士競技では、父を弔うためのものだった。
当然見世物ではないため、闘技場などの建物ではなく、青空の下、ローマの公共広場で催された。

これ以降、しばしば公共の広場で剣闘士競技が開催されている。
とくに中央広場に設けられた闘技場の舞台は、長方形の空間に合わせて、木造の観覧席が設けられていたらしい。
この観覧席で囲まれた空間が楕円形であったことから、のちに作られる円形闘技場の形が決まっていったようだ。

前52年
ガイウス・クリオ、回転式の木造劇場2つで剣闘士競技会を開催する

前1世紀にもなると剣闘士の試合は、民衆にとって無くてはならない娯楽へと変化していた。

そこで、まずは前52年に観客席をともなった木造の円形闘技場が登場する。
建設者はカエサル派の政治家、ガイウス・クリオという人物だ。

しかしこの建物は、民衆の人気取りのために作られたもので、あまりにも特殊すぎる。
作りは次のとおりだ。

  • 2つの回転する床?の上に半円型劇場を隣同士に建てる
  • 最初は2つの劇場の膨らんだ部分(観客席同士)を背中合わせにしておき、それをグルっと回転させ弦の部分を隣り合わせることで一つの円形闘技場へと変化させる

なにしろ巨大な建物が回転するので、演出としてはド派手だが、耐久性は乏しかったらしい。
程なくして回転するための軸が摩耗して外れてしまい、使い物にならなくなったようだ。

またこの演出をするためには毎回大きな労働力を必要とするに違いない。
それを担っていた動力は、奴隷や牛などの動物だったことだろう。
剣闘士競技会が開かれるたびに、彼らの重い溜息が聞こえてきそうである。

前30年
スタティリウス・タウルス、木造の円形闘技場を建てる

カエサルの死後勃発したアントニウスとオクタウィアヌスの権力争いは、アクティウムの会戦によりオクタウィアヌス(初代皇帝アウグストゥス)の勝利で幕を閉じた。

この勝利を記念して、アウグストゥス帝の部下、スタティリウス・タウルスがマルスの野に木造の円形競技場を建てた。
史書ではこの円形闘技場は『タウルス円戯場』と称されている。

しかし、収容人数は数千人規模だったので、人口が増加し続けるローマの見世物需要を、この闘技場だけでは満たすことができなかった。

後80年
コロッセオ(フラウィウス円形闘技場)の完成

第五代皇帝ネロの死後、後70年に内乱を制したウェスパシアヌスは、ネロの治世に起きた大火や内乱で不安を抱えたローマ市民のために、巨大な円形闘技場の建造に着手した。
それが当時フラウィウス円形闘技場と呼ばれた、いわゆるコロッセオである。

後80年に完成した収容規模5万人を誇る巨大闘技場によって、ようやく首都ローマの市民たちが剣闘士の試合を観戦できる需要を満たすことができた。

コロッセオ完成後は、帝国各地にコロッセオをお手本とした円形闘技場が建てられていく。その様子はローマ帝国各地にあった円形闘技場―歴史や特長、現在でも残っている都市など―で説明しているので、興味のある方はご一読いただくといいだろう。

ローマ帝国各地にあった円形闘技場 ローマ帝国各地にあった円形闘技場―歴史や特長、現在でも残っている都市など―

コロッセオの構造

コロッセオの大きさ

コロッセオは、長径(膨らんでいる方の直径)が188m、短径(潰れている方の直径)が156mの楕円形になっている。
これは陸上トラックのない約40,000人収容のサッカースタジアムより一回り小さい程度の大きさだと想像すると、分かりやすいだろう。

私は常々、

コロッセオ(円形闘技場)は古代ローマのサッカースタジアム

と考えているので、コロッセオの大きさを現代のサッカースタジアムと比べてみたいと思う。
ちなみに世界のサッカースタジアムの規模は下記の通り。

カンプノウ(FCバルセロナ)

長径:230m
短径:190m
収容人数:98,000人

サン・シーロ(レアル・マドリードCF)

長径:200m
短径:170m
収容人数:67,000人

アリアンツ・アレーナ(FCバイエルン・ミュンヘン)

長径:250m
短径:200m
収容人数:75,000人

スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマ(ASローマ)

長径:311m
短径:244m
収容人数:70,000人

パナソニックスタジアム吹田(ガンバ大阪)

長辺:200m
短辺:170m
収容人数:40,000人

大きさや収容人数を比べても、コロッセオはサッカースタジアムとよく似ていることがわかるだろう。

コロッセオの観客席

コロッセオの観客席は4層構造になっており、その高さは50mにも及んだ。
収容人数は約50,000人にも達するという。

観客の席は身分によって決まる

コロッセオの観客席は、各階層で入場できる身分が決まっていた。

一階層目:元老院議員のための席
二階層目:騎士階級の席
三階層目:裕福なローマ市民の席
四階層目:一般のローマ市民と女性のための席

また上記とは別に、VIPである皇帝用の席も用意されている。

観客席の工夫

観客席には、様々な工夫がされている。

まず第一に、直射日光を避ける工夫。
どの席も、20分以上陽の光を浴び続けることがなかったという。
特に皇帝席は全く陽が差し込まないようになっていた。

第二に最上階の席には、日光を避けるための天幕が設置できるポールがあった。
これにより、最も陽の影響を受ける最上階でも心地よい環境を整えている。

第三に各階層でアーチの様式が違った。

一階層目:ドリス式
二階層目:イオニア式
三階層目:コリント式

さらにコロッセオに入場できるアーチ(入り口)が80箇所もあり、そのうち皇帝や剣闘士などが使用する以外の76箇所のゲートには番号が振られていた。

これはコロッセオに入場する際、入場券のようなものがあり、その券にゲート番号を記載することで、迷わなくすることが狙いだと考えられている。

コロッセオの主な建築素材はローマン・コンクリート

コロッセオの主な建築素材は、現代とは製法の違う火山灰と海水を混ぜて作られたコンクリート、いわゆるローマンコンクリートが使用されていた。
当然、鉄筋は一切使われていない。

多少の補修はあったものの、建設から2,000年経った今でも崩れることなく残っているのは、基本的にコロッセオの強度が高かったに他ならない。

コロッセオの強度が高かった理由は2点ある。

  1. コロッセオが円筒形で負荷がかたよらず、安定した構造である
  2. 素材として使われているローマンコンクリートの耐久性が並外れて高い

ちなみに現存するコロッセオの外周部が半分ほどなくなっているのは崩れたのではなく、後世の建築材料としてコロッセオから切り出されたからである。
バチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂にもコロッセオの一部が使われているのだ。

ローマン・コンクリートがどのような建築素材だったかについては、ローマン・コンクリート ―二千年経っても崩れない古代ローマの建築技術―に書いているので、合わせて読んでいただければ幸いだ。

2000年の耐久度を誇るローマン・コンクリート ローマン・コンクリート ―二千年経っても崩れない古代ローマの建築技術―

コロッセオの地下

現在のコロッセオではむき出しになっている地下部分は、闘技場として機能していた当時は地上部分に隠されて見えなかった。

この地下部分は、隣に併設されていた剣闘士の養成所と地下通路で繋がっており、剣闘試合が開催される時は、彼らはこの通路を使ってコロッセオに入場した。

コロッセオには猛獣用のエレベーターがあった

実はコロッセオには、猛獣を地上階に運ぶためのエレベーターがあったのだ。
もちろん現在のような電動ではなく、人力で昇降させていた。
熊を運ぶことができるよう、300kgまで荷重に耐えられたという。

2015年、コロッセオの人力エレベーターが補修されたことは、ニュースにもなっている。

なお、コロッセオのエレベーターを再現する試みが、こちらの記事で紹介されているので、興味があればどうぞ。

参考 猛獣とグラディエーターの決闘を可能にしていた装置がコロッセオで再現GIGAZINE

コロッセオの構造がわかる動画

ここまで説明してきたコロッセオの構造を、コンパクトにしてわかりやすくまとめた動画があるので、ご覧いただこう。
BGMは微妙なので、ミュートで見ることをおすすめしたい。

コロッセオに水を引いて、摸擬海戦(ナウマキア)も催された

驚くことに、コロッセオが建設された初期の頃には、上水道の管をコロッセオ内に引いて水を溜め、船を浮かべた摸擬海戦(ナウマキア)も行われた。

摸擬海戦自体も驚くが、船を浮かべるほど水を引くことができた、当時のローマのインフラ整備がいかに高度だったか、この事実からもよく分かる。

なお模擬海戦についてはにも詳しく書いているので、参考にしていただきたい。

ローマの超巨大イベント模擬海戦(ナウマキア) 模擬海戦(ナウマキア)―カエサルやアウグストゥスも開催した超巨大イベント―

今回のまとめ

コロッセオについて、今一度まとめてみよう。

  • ウェスパシアヌス帝の時代に建設が始まり、ティトゥス帝の代で落成した
  • 大きさは40,000人収容のサッカースタジアムより一回り小さい程度
  • 主な建築資材はローマンコンクリート
  • 使いやすいように様々な工夫を施されていた
  • 剣闘士の試合だけでなく、摸擬海戦も行われた

冒頭で記載したローマ旅行では、コロッセオの入場券を買ったにもかかわらず、時間外で入場できなかったという苦い経験がある。

もしあなたがローマに行くことがあれば、これらに思いを巡らせて、ぜひ私の代わりにコロッセオを堪能してほしい。

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