ドミティアヌス ―ローマ法を尊重しすぎた生真面目な暴君―

ドミティアヌス 生真面目すぎた暴君

ウェスパシアヌス帝から始まるフラウィウス朝3代目にして、最後の皇帝となるドミティアヌス。
彼はカリグラ、ネロに続き、元老院から暴君として認定され、記憶の断罪(ダムナティオ・メモリアエ)を受けた皇帝でもある。

しかしドミティアヌスが、なぜそれほどまで元老院との確執があり、暴君と忌み嫌われたのか、あなたはご存じだろうか。

近年の研究では、行政官として有能だったと再評価されつつあるドミティアヌスが、なぜ暴君と呼ばれていたのか。
この記事では、彼の生涯とその謎を追っていこう。

※タイトル下の画像は、Wikipediaより拝借しました。

即位以前のドミティアヌス

父ウェスパシアヌスは成り上がりの家系

ドミティアヌスの家系は代々元老院議員を排出している昔ながらの名門ではなく、ウェスパシアヌスの兄、つまりドミティアヌスの伯父であるサビヌスが一家で初めて元老院として登院できた人物だった。

ウェスパシアヌス
ウェスパシアヌス | Wikipediaより

一方父のウェスパシアヌスも議員となると、カリグラやクラウディウス、ネロなどの諸帝に巧みに接近し、常に政界の中心に身を置くことに成功。
そして彼はついに、ネロの治世下でユダヤの反乱を収めるための軍司令官にまで登りつめたのだ。

そして後68年、ネロの治世に不満を募らせたものが各地で反乱の狼煙をあげ、内乱が勃発。
ネロは自殺に追い込まれてしまう。
ガルバ、オト、ウィテリウスと目まぐるしく皇帝が入れ替わる中、後69年7月、ウェスパシアヌスも東方の軍団に皇帝の推挙を得て、ついに皇帝レースへと名乗りをあげる。

しかしこのことが、ドミティアヌスに人生最大の危機をもたらすことになるのである。

伯父サビヌスの計らいで危機一髪の命拾いをする

後69年10月、北イタリアのクレモナでウェスパシアヌスはウィテリウス軍を撃破し、皇帝への就任が近づいたかに思われた。
だがこのとき首都ローマには、兄サビヌスやその他ウェスパシアヌスにゆかりのある人達が残っており、その中にドミティアヌスもいたのである。

ドミティアヌス胸像
ドミティアヌス
ルーヴル美術館 [CC BY-SA 3.0 ]

サビヌスは内乱の混乱を避けるため、カピトリウム丘にあるユピテル神殿に、一族とともに立てこもる決断をした。
カピトリウムは聖域であり、この地を汚すもの神を冒涜すると思われていたため、ウィテリウスでも手出しはできないと思っていたからだ。

しかし自暴自棄になったウィテリウスは、あろうことが神殿に火を付けるという暴挙にでたのである。

残念なことに、この事件でサビヌスは帰らぬ人となった。
しかし生前にサビヌスは、ドミティアヌスや子供たちをユピテル神殿へとお参りに来た人々に紛れさせ、放火前に逃がしていたのだった。
こうしてドミティアヌスは、危機を脱したのである。

翌日ウェスパシアヌスは首都に入城し、ウィテリウスを処刑。
内乱を収めてローマ皇帝の座をてにいれたのだった。

妻は名将コルブロの娘

父ウェスパシアヌスが即位してまもなく、ドミティアヌスは妻を迎えることになった。
ただし彼は人妻を離婚させて自分の妻にするという、略奪婚をしたのである。
お相手は名将コルブロの娘、ドミティア・ロンギナ。

ドミティア・ロンギナ
ドミティア・ロンギナ
漫画プリニウスⅨ より

コルブロといえば、ネロの治世下で皇帝属州総督を歴任し、シリア総督時代には東方の大国パルティアとの和平をまとめる大事業をやってのけ、また彼の先祖をたどるとアウグストゥスにつながるため、血筋としても申し分のない人物だったのである。

史料では、ドミティアヌスがこの頃アルバ(ローマの南20kmの都市)で、人妻たちをかどわかし、放蕩三昧の日々を送っていたとあるが、おそらく妻ドミティアとの略奪婚に尾ひれがついたのだろう。

逆に有名を馳せながらも、ネロの理不尽な命令で自殺に追い込まれた名将の娘を妻に迎えたことで、一族の名声は上がったに違いない。

鬱屈した日々のエピソード

名将の娘を妻に迎えたドミティアヌスだが、皇帝の座がめぐってくる可能性は低かった。
なぜなら彼の上にはティトゥスという12歳年の離れた兄がおり、ウェスパシアヌスが崩御した79年の段階で、まだ39歳。
男ざかりで、父から引き継いだユダヤの反乱鎮圧の指揮を取り、見事に成功させている。
またティトゥスはローマ市民からも人気があり、皇帝の地位は安泰だったのだ。

即位以前のドミティアヌスに、こんなエピソードがある。
ドミティアヌスがアルバに閉じこもり、ハエを捕まえては鉄筆(蝋板にメモをするために削り取る筆記用具)で串刺しにしていた、と。
真偽はともかく、このエピソードは皇帝になれない彼の鬱屈した精神状態をあらわしていたのではないかと言われている。
私は単にきれい好きが行き過ぎているだけだと思っているが……。

しかし運命はドミティアヌスに思ってもいない展開をもたらした。
兄ティトゥスが治世わずか2年で他界してしまったのである。
81年9月13日、ドミティアヌスは30歳を間近にして皇帝となった。

ドミティアヌス、ローマのモラルを正す

モラル法の復活とウェスタの巫女への刑罰

ローマでは、ドミティアヌスが皇帝になる以前から、男女関係や性についての風紀が乱れていた。
それはマルティアリスやユウェナリスの風刺詩でも題材として取り扱われている。

ドミティアヌスはこの問題にメスを入れる。
彼は、同じく風紀の乱れを正そうとした初代皇帝アウグストゥスが制定した法である、「ユリウス姦通罪・婚外交渉罪法」を持ち出し、厳格に適用しだした。

「ユリウス姦通罪・婚外交渉罪法」に関しては、アウグストゥスⅤ ―古き良きローマの復活と再生―ユリウス姦通罪・婚外交渉罪法で説明しているので、詳細を知りたい方はご参照いただければ幸いだ。

この法を簡単に説明すると、妻の浮気を取り締まる法である。
夫は妻の浮気を知ってから2ヶ月以内に告訴しなければならず、有罪なら離婚して嫁資(嫁入り時に持参する金)の半分と財産半分、妻の浮気相手は財産半分を没収されて島流しになる。
その他身分差の浮気などについても、様々な規定があった。

またドミティアヌスは「スカンティニウス法」という、休眠状態の法まで復活させ、これを適用する。
この法の内容は詳しく知られていないが、どうやら少年に対する強姦や強制わいせつ行為を取り締まる法らしい。
現代の日本なら「児童ポルノ禁止法」だろうか。

おそらくこれらの法は元老院議員や騎士身分など、いわゆる社会の上層にいるものたちへの規制として取り締まられたものだろう。
それだけに、今まで黙認されていたこれらの「趣味」をとやかく言われだすおエライさんがたは、たまったものではなかったはずだ。

さらにドミティアヌスは、ウェスタの巫女にまで、風紀取り締まりの手をのばす。

ウェスタの巫女

ウェスタの巫女とは、身分の高い子供から何人か選ばれ、30年間ウェスタ神に仕える巫女として職務を全うする女性のこと。

彼女たちは30年間の任期中、純血(処女)を守らなければならない。
もし姦通を犯した場合、巫女は絶対に登れない坑に落とされ死ぬまではしごを外される、実質生き埋めの刑。
また姦通相手はムチで死ぬまで打たれる刑に処された。

ウェスタの巫女は、古代ローマでは成立が古く、数少ない女性の公的な職でも権威あるものとして扱われてきた。
生前にしたためた遺言状をウェスタ神殿に預けたり、またカエサルへの助命嘆願によりスッラへの許しを得るなど、彼女たちの発言には一定の力があった。

それもこれも彼女たちが職務にストイックで、身が清いからこそ。
しかしウェスパシアヌスから始まったフラウィウス朝のころには、ウェスタの巫女でも性愛を楽しむようになっていたのである。
ドミティアヌスは、敢えて黙認した父や兄と違い、この問題にメスをいれる。

83年ごろ、ドミティアヌスは不祥事を起こした巫女3人に対し、刑を下す。
ただしこの巫女たちには伝統的な生き埋めではなく自殺を許し、相手の男たちは追放刑。

ウェスタの巫女の殉教
ウェスタの巫女の殉教
Wikipedia より

さらに89年ごろ、今度は無罪を主張したウェスタの巫女長コルネリアに対し、有罪判決を下す。
哀れにも彼女は虚偽の自白で、伝統的な生き埋めの刑に処され、情夫たちも(自白した一人を除き)むち打ちの刑で殺された。

元老院議員の取り締まりと身分区別の徹底

生真面目な性格だったドミティアヌスは、性風紀だけではなく、社会の秩序も正そうと躍起になった。

85年、ドミティアヌスは終身監察官(ケンソル)という役職につく。
この職の内容については、政務官 ―共和政の行政を支えた古代ローマの官職―監察官(ケンソル)でご確認いただくといいだろう。
簡単に職の内容を説明すると、次の2つがあった。

  • 市民の戸口調査(人口の把握)
  • 市民や元老院議員の風紀取り締まりと、除籍や認定

要するに、ローマ市民がどれだけいるか、ローマ市民(と元老院議員)としてふさわしいかどうかを監督する職だ。

皇帝はアウグストゥス以来、上記の役割も担っていたので、わざわざ職につく必要もなかったが、ドミティアヌスは「あえて」就任することで、風紀の取り締まりを徹底するとアピールしたかったのだろう。

事実、ドミティアヌスが就任してから、パントマイム喜劇を演じた議員を元老院を除籍し、さらにパントマイム自体も禁止してしまったのである。

※舞台俳優は、娼婦や剣闘士と同じく、社会の最下層に位置する身分だった。

さらにドミティアヌスは、身分ごとに決まっていた劇場席の徹底にも着手する。
いままで「なあなあ」になっていた席順を守らせるため、警備員を配置して監視させたのだ。
ただし身分の区別は所詮外見だけでしか判断できない。
特等席に座りたいものは、身分の特徴である衣服や装飾品を身にまとうことで、ごまかしが効いたのだった。

妻ドミティアの浮気と処分

これほどまでに「小うるさい」ドミティアヌスだが、風紀に対する自らの態度はどうだったのだろうか。
これがどうやらダブル・スタンダードだったようなのだ。
そのことが分かるのは、妻ドミティアと役者パリスの浮気が発覚したことだった。

ドミティアヌスは、まず皇后ドミティアと離婚した。
次に浮気相手のパリスを路上で惨殺。
情夫の殺害は、例の「ユリウス姦通罪・婚外交渉罪法」に従えば、浮気現場のみで許されたので違法ではあるが、こちらは特に問題視されなかった。

だが彼はやがてドミティアと再婚し、もとさやに収まった。
ところが浮気が原因で離婚した妻と再婚した騎士身分のものに、陪審員名簿から除名するという不名誉を与えている。

騎士には不名誉処分で、自分にはお咎めなし。
さらに彼は離婚中に姪と同棲し、近親相姦をしたばかりでなく、彼女が妊娠すると堕胎を強制し、それが原因で彼女は死亡してしまう。

民衆たちもドミティアヌスの態度には呆れ果て、怒りを覚えたことだろう。

9 COMMENTS

フェリクス

古代ローマライブラリーの記事、
とても楽しく読ませていただきました。
古代ローマの新しい一面が
発見でき、大変面白かったです。
※ ドミティアヌス ―ローマ法を尊重しすぎた生真面目な暴君―の記事で、
伯父サビヌスの計らいで危機一髪の命拾いをするの章で[残念なことに、この事件で兄サビヌスは]、と書かれていましたが
叔父ザビヌスと書いた方が良いのでは・・・

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名もなき司書官

フェリクスさま

当サイト、古代ローマライブラリーの記事をお読みいただき
ありがとうございます!

また、「面白い」とおっしゃっていただけて、
嬉しい限りです・・・!

これからも記事を更新していく予定なので、
また遊びに来てくださいね。

>叔父ザビヌスと書いた方が良いのでは・・・
当該部分を読み返してみましたが、
確かに「誰から見た〇〇」の関係性が、
かえってわかりにくいですね・・・

貴重なご意見ありがとうございます!
これからもお気づきの事があれば、
コメントお待ちしております。

返信する
フェリクス

こちらこそありがとうございます。
また、新しい記事を楽しみにしております。
※ところで、フェリクスには古代ローマ
では(英語でいえばラッキー)という意味が
あるそうです(笑)
ー[奴隷のしつけ方、第I章、奴隷の買い方]
より

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名もなき司書官

フェリクスさま

>※ところで、フェリクスには古代ローマ
では(英語でいえばラッキー)という意味が
あるそうです(笑)

たしか共和制末期の政治家スッラも
名前に「フェリクス(felix)」とついていますよね。

そういえば漫画「プリニウス」の
登場人物の一人にも、。
「フェリクス」という名前の人がいたような・・・。

コメントありがとうございました!

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フェリクス

ー名もなき司書官さま

こんにちは、フェリクスです。
前回の返信で 〉そういえば漫画
「プリニウス」の登場人物の一人にも、「フェリクス」という名前の人がいたような・・・ とご指摘(笑)
がありましたが、その通りです(笑)。
名もなき司書官さまも「プリニウス」を読んでらしている(?)と思い
この名前を付けてみました。
ところで、私フェリクスがこの
サイトを始めて拝見したのは
古代ローマの奴隷 ―高度な専門知識を持つものも存在した、社会の基盤を支える労働力―でした。この記事で古代ローマへの興味が大変かき立てられました。(続)

フェリクス

ー長文失礼いたします

フェリクスです。
前回の投稿の通り、名もなき司書官さまの
記事ー古代ローマを楽しく知るために、おすすめする本ーで紹介されていた
ー奴隷のしつけ方ーを購入するに至りました。(&続編の古代ローマ貴族9つの習慣も購入しました)
その本の中から興味深いと感じた箇所が
あり今回報告させていただきます。

ー奴隷のしつけ方ー第X章でクラウディウス帝の側近である解放奴隷のパッラスが
皇帝の為に法案を考えただけで高額の
報償金と法務官の肩書を元老院から提示
されたとあり、(結局報償金は辞退しましたが)それだけではなく、なんとパッラスは
およそ3億セステルティウスの資産を持ち、弟のフェリクス(私とは別人の笑)は
ユダヤ属州総督になり傍若無人の振る舞いをした、と書いてありました。
それだけでも凄いのですが、私が一番驚いたのはパッラスの資産額です。
ーローマ貴族の9つの習慣ーに有名人 
マルクス・リキニウス・クラッススの
総資産が2億セステルティウスと書かれていましたが、パッラスの資産額はあの
クラッススを超えていた事に大変驚きました。
(物価の変動などもあるでしょうが・・・)

つい、長くなりましたが、フェリクスから
名もなき司書官さまへの報告とさせて頂きます(^^)

返信する
名もなき司書官

フェリクスさま

ご返信ありがとうございます!

お名前の由来は『プリニウス』からでしたか。
かの漫画に登場するフェリクス氏も魅力あるキャラクターですよね。
普段はコミカルなのに、やるときはやる(主に格闘で)男。
でも「総督」プリニウスに振り回されるという・・・。

また、ご報告もいただき、ありがとうございました。
「奴隷のしつけ方」、
古代ローマ人が著者の体裁を取る形で書かれいて、
あの時代の考え方を感じられる本としても珍しい。

そして、そのような体裁で書ける
著者の裏打ちされた古代ローマ知識に舌を巻く本ですね。

クラウディウス帝の側近パッラスについては、
どこかの本で権勢を誇っていたことを読んだことがあったのですが、
そんなに資産があったのは初耳でした!

パッラスに追い抜かれたクラッススだけど、
彼のお金に纏わる話で度肝を抜かれるのは、
スパルタクスの乱でのことでしょうか。

六個軍団を私費(!)で編成するというトンデモを
サラリとやってのけるのが、豪胆というか、
お金の使い方をわかっているというか。

1軍団5,000人としても、
単純計算で30,000人のお給金を自腹で出すって・・・。

さらに彼らの装備
(この頃国家から支給されているけど、私費編成だから、多分自腹)
を考えると、一体いくら必要だったんだろうな、と。

ポンペイウスもスッラのもとに駆けつける時
三個軍団を同じく私費で編成しているので、
あの時代の人たちのお金の使い方は、まさに桁違いです。

・・・ずいぶん横道にそれちゃいましたが、
「奴隷のしつけ方」面白いですよね、と言いたかっただけです(笑)

「古代ローマ貴族9つの習慣」は恥ずかしながら未読ですので、
今度読んでみたいと思います。
本の紹介(?)もありがとうございました!
面白かったら、おすすめ本に付け加えさせていただきます(笑)

返信する
フェリクス

名もなき司書官さま
フェリクスです。
長文のコメントに、丁寧な返信を
していただき本当にありがとうございます。
前回も書きましたが、私は古代ローマと奴隷
(解放奴隷)との関係に大変興味があるので
いつか、解放奴隷の記述などを書いて
いただけると大変嬉しいです( ^ω^ )

名もなき司書官さまも書かれている様に
クラッススのお金に纏わる話は私も
度肝を抜かれました。(笑)
※クラッススはかなりアコギな不動産業で
ローマの土地の大部分を所有するように
なったと「ローマ貴族の9つの習慣」に書いてありました(( ・∇・))!!
話が逸れましたが、これからも
古代ローマライブラリーを楽しみにしております。
※ところで次回のコメントなどは
ーお問い合わせーからの方で大丈夫でしょうか?

返信する
名もなき司書官

フェリクスさま

解放奴隷については私も興味があるので、
心性も含め、いつか記事を書いてみたいですね。

お待たせすることになるかもしれませんが、
首をキリンぐらい長くしてお待ちいただけますでしょうか(笑)

コメントについては
お問い合わせで直接送っていただいても
問題ないです!

Twitterをされているようでしたら、
そちらのアカウントから
DMなど入れていただいても大丈夫です。

もちろんどこかの記事にコメントいただけるのも
嬉しいです(笑)

なんでも結構なので、お好きな方法で
お送りくださいね。

返信する

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