ユリウス・カエサルⅢ ―ラビリウス弾劾からヒスパニア属州総督就任まで―

ローマの礎を築いた男 ユリウス・カエサル

37歳という異例の若さで最高神祇官への当選を果たしたカエサル。
だが共和政ローマの出世街道には程遠かった。

しかしこの頃からカエサルは、元老院派と対立していくのである。

カエサル、『反元老院』を明らかにする

ラビリウス弾劾

最高神祇官となったこの年、カエサルはまたしても友人(というより悪友)の護民官ラビエヌスと手を組み、元老院議員のラビリウスを告発した。
罪状は37年前に起きた、護民官サトゥルニヌスとその一派を殺害したときの主犯だった、というもの。

確かにラビリウスはこの事件に関わっている。
しかしなにしろ37年前の事件だ。
当のラビリウスはもう老齢に差し掛かった元老院議員だった。

世間はこの告発に対して、ラビリウスに同情的な空気を漂わせた。
さらにこの空気を察した執政官のキケロみずから、ラビリウスの弁護へと回ってしまう。
旗色の悪くなったカエサルは一計を案じる。

ティベリス川西岸のジャニコロの丘に、赤旗がかかげられたと裁判所につげるものがいた。
この旗は戦時の緊急招集の合図で、みんなは家に帰って備えるのが習慣になっていた。
だからラビリウスの弾劾裁判に参加したものは、告発者、被告、弁護士、裁判官その他全員家に帰ってしまったのである。

この一件で裁判そのものがうやむやになってしまった。
裁判そのものを茶番にしてしまう、カエサルの狙い通りとなった。

カエサルの狙い
しかしカエサルは、37年前の事件を引き合いに出して、いったい何を狙っていたのだろう。
カエサルはサトゥルニヌス一派の殺害につかわれた「元老院最終勧告」の非合法な使用をこそ弾劾したのだ。

元老院はもともと王政時代に、王の相談役として作られた機関である。
『ただの相談役』である元老院が決議し、発令したものによって、ローマ市民の刑(たいていは命を奪う刑)を施行することなど許されない、とカエサルは言いたかったのだろう。

さらにこの年、国家転覆を計る陰謀が計画される。
カテリーナの陰謀である。

カティリーナの陰謀

カティリーナの陰謀を簡単に説明すると、

借金で首が回らなくなった没落貴族たちの国家転覆計画

である。

この首謀者である元老院議員のカティリーナも、ローマの領土拡大によって貧富の格差が広がった犠牲者のひとりであり、多額の借金を抱えていた。
そこでカティリーナは、「借金帳消し」を公約に掲げ、3年続けて執政官に立候補した。
結果は、あえなく落選。
どうも貧富拡大で「得をした側」である元老院のお偉方が裏で手を回して落選させたようである。

執政官当選という解決策の道を経たれたカティリーナは、同志を集め、当時執政官だったキケロを暗殺してクーデターを起こし、また地方からも兵をあげて国家ローマを乗っ取るという計画を立てた。
しかし計画は事前に発覚し、カティリーナの一味数人が逮捕される。
事前にローマから離れていたカティリーナは、逮捕された中に含まれていない。

ちなみに『借金王』カエサルも、この計画を裏から糸を引く人物として疑われた。
ある時、元老院の議会で従者から手紙を受け取り、それを読んでいたところ、政敵である小カトーにあざとく見つけられ、渡すよう要求された。

カエサルはそれに対し

これはごく私的な手紙にすぎない

といったが、しつこく迫る小カトーに渋々渡す。
しかし手紙の内容は小カトーの異父姉であるセルウィリアからの恋文だったのである。

セルウィリアは、ローマでは知らぬものがいない、公然の愛人だ。
小カトーは、顔を真赤にし、手紙をカエサルに投げ返していった。

女ったらしめ!

会場は爆笑の渦がおこり、カエサルの疑いは一瞬のうちに霧散したようだ。

それはともかく、カティリーナ一味の処分について、元老院で議論される。
大勢は死刑に傾いていたが、カエサルは死刑に反対であり、論拠となる演説をおこなった。
実はこのときも、まだ証拠不十分な段階で『元老院最終勧告』が発令されていたのである。

カエサルの演説により、一旦は死刑取りやめの方向に傾きかけたが、小カトーやキケロの演説により死刑と決定。
逆に反対したカエサルは、会議場を出たあと、死刑賛成派の人々に殴り殺されそうになる始末だった。

ローマを離れていたカティリーナは、トスカーナ地方で彼を慕う三千人とともに決起したが、鎮圧に向かったローマ軍に囲まれ、討ち死にしている。

最高神祇官剥奪の危機

カティリーナの陰謀が終息してしばらくしたあと、法務官(プラエトル)となったカエサルに、思いもかけないことが起こった。
愛人とのプレイボーイで鳴らしたカエサルに、逆スキャンダルが発生したのだ。

そのスキャンダルとは、カエサル家が取りしきる男子禁制であった女神ボナ・デアの儀式に、なんとカエサルの妻ポンペイアに横恋慕した男が、女装をして祭事中の建物に侵入したのである。
ただしこの男、すぐに女奴隷に見つかってしまい、捕まってしまったのだが。

屋敷に入られたにもかかわらず、カエサルはこの男を裁判で弁護し、無罪を主張した。
一時はキケロにより雲行きが怪しくなった裁判も、クラッススが陪審員を買収し、無罪を勝ち取ったのである。

しかしこの不祥事で、カエサルは妻との離婚を決める。
ポンペイアには罪がないとしながらも、

カエサルの妻たるものは、いかなる嫌疑も受けてはならない

と言ったのである。
この不祥事は、最高神祇官であったカエサルの膝下で起こったのであり、ともすれば最高神祇官解任の危機につながる出来事だったのだ。
しかしカエサルが妻に下した決断に、元老院議員たちも黙るしかなかった。
こうして最高神祇官解任の危機は回避されたのである。

女ったらしカエサル

さんざん女性たちとの愛人関係で、浮き名を流してきたカエサル自身が、横恋慕されるという愉快な事件のついでに、カエサルと女性について書いてみようと思う。

カエサルの妻たち

カエサルの結婚は、親が決める、自分で決めるにかかわらず、この頃の上流階級の通例通り、政略のための結婚だった。

一番目の妻、コルネリア

コルネリアは前述したとおり、民衆派キンナの娘である。
おそらくこの結婚は、母アウレリアが決めたものだろう。
カエサルが民衆派として生きる宣言をしたようなものだった。
ただし、スッラによって離婚を迫られたことに対し、ノーを突きつけたのは、若く(無謀な)カエサルの考えだったが。

二番目の妻、ポンペイア

さきほど登場したポンペイアは、スッラの孫娘である。
一番目の妻コルネリアが死んでまもなくカエサルが迎えた妻だった。

スッラは若い頃貧乏貴族だったが、死ぬ間際には大きな財産を築いていた。
そんなわけで、この結婚はズバリ、お金目的だ。

ただし、カエサルの巧妙なところは、スッラという元老院派の象徴である孫娘を妻にし、民衆派として活動しながらも、それにより過ぎないよう配慮したこと。
この絶妙なバランス感覚こそ、カエサルの真骨頂だと思う。

そしてさきほどのスキャンダルで離婚したのは、最高神祇官解任の危機をそらすことはもちろんだが、元老院への宣戦布告の意味もあったのではないだろうか。
事実、このあとからカエサルは完全に、民衆派の仮面をかぶったまま、野望実現に乗り出すからだ。

三番目の妻、カルプルニア

ポンペイアとの離婚後、執政官任期中に結婚する妻がカルプルニアだ。
彼女は有力な元老院議員である、ルキウス・カルプルニウス・ピソの娘である。
もちろんこちらも政略結婚。

カエサルのガリア属州総督就任とガリア遠征の際に、首都ローマでの政治活動を代行する「手足」の役目(の一人)を、このピソに託した。

そしておそらくは、ここまで生まれていなかった、カエサルの後継者である男子を産んでほしいという願いがあったのだろう。
穏健派のピソならば、娘の子どもを利用して権力を握るようなマネはしないと考えたのではないだろうか。

結局二人の間に子どもは産まれず、カエサルは違う人物に自分の死後を託すことになる。

カエサルの愛人たち

ではカエサルが関係を持った愛人たちはどうか。
カエサルが関係をもつ愛人の特長ははっきりしている。

  • 夫がいること
  • 夫が政界の大物であること

具体的に名をあげると次の通り。

  • カティリーナの陰謀で登場した、小カトーの異父姉セルウィリア
  • ローマ一の金持ちで、カエサルの『財布』であるクラッススの妻、テウトリア
  • 数々の武功を総なめにした『偉大なる』ポンペイウスの妻、ムチア(カエサルとの不倫が原因で離婚)
  • ポンペイウスの副将、ガビニウスの妻ロリア
  • 後年になるが、エジプトの女王クレオパトラ

もちろん記録に残っている限りの話ではあるので、このふたつに当てはまらない人物がいる可能性は捨てきれない。
だが、愛人関係で失脚まで追い込まれるようなヘマをしないカエサルだ。
妻と離婚を迫るような女性には、近づきすらしなかったのではないだろうか。

ちなみにカエサルは、この愛人へのプレゼントも半端ない。
一例をあげると、セルウィリアに対しては、600万セステルティウスもする首飾りをプレゼントしている。
これではカエサルの借金も天文学的数字になるのもうなずける。

カエサルは愛人たちに、自分が関係を持っている女性の存在を隠しすらしなかった。
愛人たちだけではなく、元老院議員たちにも、世間にも広く知れ渡っていた。

現代日本なら、政治家が不倫でもしようものなら、即週刊誌にすっぱ抜かれて叩かれてしまうだろう。
公然の関係でも女性に恨まれなかったのだから、カエサルは女性を扱う『名手』だった。

はじめての属州総督就任

法務官(プラエトル)とは、「名誉あるキャリア(クルスス・ホノルム)」の上級政務官にあたる公職で、司法を担当する役職である。
法務官の任期を終えたものは前法務官(プロプラエトル)として、属州の責任者である属州総督へと赴任される。
属州総督には『絶対指揮権(インペリウム)』が与えられ、軍隊を指揮する司令官にもなるのだ。

カエサルは法務官の任期を終えると、属州総督として、遠スペイン(ヒスパニア・ウルテリオル)への赴任が決まる。

だが素直に任地へと行くことができなかった。
ここにきて、多額の借金を取り立てに来た債権者が家の前に坐りこみ、カエサルを家から出してくれなかったからである。
このときもクラッススの財力を借り、なんとかスペインへと出発することができた。

カエサルの赴任先であるヒスパニア・ウルテリオルは、反乱もない比較的問題の少ない場所だった。
しかし東方の属州のように経済が発展していないので、属州総督にとっては「うまみ」も少ない。

カエサルはこの地で、次の2つのことだけ済ませると、任期終了とともにさっさとローマへ引き上げた。

  1. 属州税を支払う必要がある人とない人の明確化
  2. イベリア半島西側の制覇

(1)はそれまで横行していた、税の不正徴収対策である。
属州総督によっては、徴税請負人の不正徴収分の何割かを自分の懐に収めるものが多かったのだ。

そこで税を納める人間と納めなくてもよい人間をクリーンにし、現地で登用したルキウス・コルネリウス・バルブスに代行させたのだ。
バルブスは、カエサルのローマ帰還にも付き従い、カエサルの代わりに外交などを担当するようなるほどの実務能力に長けた人間だった。

(1)をバルブスに任せている間、カエサルは(2)に精を出す。
目的は凱旋式を行うための実績づくり。
そしてその後に狙う、「名誉あるキャリア(クルスス・ホノルム)」の最終目標、執政官(コンスル)当選への布石である。

いよいよカエサルは、野望を実現させるために動き出したのだ。

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